3 殺人の手段と結果

3.16 特殊清掃

 特殊清掃は、孤独死や自殺により発見が遅れ、室内で腐敗死体になった遺体痕の処理を行う。消臭、消毒、虫の駆除、遺品整理、廃品処理、清掃、リフォーム、企業によっては遺体のエンバーミング、供養を行う。孤独死が7割、自殺が3割を占める。費用の目安は、ある企業ではワンルームマンションで18万円ほど。別の企業では清掃に25~30万円、遺品整理に20~30万円、腐敗液を取り除くリフォームに100万円以上。

3.16.1 所見

 腐敗は、比較的涼しい秋から初春にかけてはそれほど進まないが、梅雨が終わった直後の湿度の高い真夏は、あっという間に虫が増殖し、異臭が立ち込め、体液が室内を覆う。1週間もすれば、家の外にも臭いが漂い、死体があった畳は腐敗液によって人型にどす黒く変色し、ドアの下の隙間からウジが這い出す惨状と化す。2週間もすれば、何千、何万匹というハエが飛び交う。長時間放置された死体の腐敗液は、床材やコンクリート、下の部屋の天井にまで染み出すことがあるため、復旧にはリフォームが必要になる。近年の気密性の高いマンションは、臭いが外に漏れるまで時間がかかり、死体の発見が遅れる傾向がある。死臭に男女差はないが、脂肪と水分が少ないために、若者に比べて老人の死臭は弱い。糖尿病やアルコール依存症、内臓系のガンで亡くなった遺体は内臓が痛んでいるために、独特の死臭がする。また、糖尿病で死亡した死体の血液は凝固せず床一面に広がる。
 首吊り自殺の遺体が2週間後に見つかったケースでは、腐敗して頭と胴体が分離していたという。皮膚や体液が付着して変色したロープにはウジやハエがたかり、ロープの下の床には茶褐色に変色し固まりつつある腐敗液がたまり、ウジやハサミムシなどが蠢いていた。頭部が落ちていたと思われる部屋の片隅には、髪の毛がごっそり落ちていた。トイレや浴槽で亡くなった場合は惨状になりやすく、高齢者が洋式のトイレでいきんで亡くなり5日後に見つかったケースでは、後頭部を強打した排水パイプに、コールタールのようなどす黒いシミと頭皮を含んだ大量の髪の毛がべったりと付着しており、腐敗液が便器の中に溜まった状態で、数千匹のウジ虫と一緒に発見された。高齢者が浴槽で亡くなったケースでは、浴槽の周りに遺体の一部や頭髪が残されており、浴槽内では強い脂分が腐った臭いのする、皮膚と体液が残った赤褐色のゼリー状の風呂水から、ウジとハエが発生していた。
 死体の周りには、ウジ、白っぽいフナ虫に似た虫(シデムシの幼虫?)、ハサミムシ(ハネカクシの可能性)が見られる。死体にわくウジは乳白色がかった白色で、普通より大きく、小指の先くらいある場合もある。光が嫌いなため、カーテンを開けると死体のあった場所から四方八方に波を打つように逃げ出す。市販の殺虫剤ではなかなか死なないため、電気掃除機で吸い込んで処理する。銀バエも普通より大きく、メタリックな緑色を示す。ハエは光に向かう性質があるため、窓びっしりのハエを見たり、新聞配達員などがドアの郵便入れを開けた際に、室内の異常に気付くことがある。ハエの駆除にはオゾン発生器が用いられる(蛹には効かない)。

3.16.2 清掃方法

 腐敗がひどい場合は、作業の1~2週間前に、窓やドアを目張りした上でオゾン発生器を設置し、悪臭の元になる分子を酸化させて分解する。作業時は、顔に防毒マスクとゴーグルを装着し、異臭が抜けなくなるので作業着またはビニール製のカッパを身に付ける。ゴム付きの軍手や土木用のゴム手袋を装着し、隙間ができないように粘着テープで封をしたり、外科手術用の薄手のゴム手袋を2重につける。足元は長靴やビニール袋を被せた靴を着用する。腐敗液中ではウィルスや細菌が大量に繁殖しており、厚い作業着越しであっても付着すると、膿んで爛れることがある。作業着以外の服や道具(掃除機、雑巾、ちりとり、ホウキ、洗剤など)は、作業後に使い捨てにする。乾いていない腐敗液は、灰や消石灰を用いて液を吸わせ、グミのように固まったものを、ちりとりで集めて捨てる。畳にこぼれた腐敗液は吸収されるが、フローリングにこぼれた腐敗液は周囲に広がり家具や壁に及んで被害を大きくする。また、フローリングのワックスと腐敗液の脂肪分が溶け合って広がっていくので、水で洗うのは臭いを広めるため悪手とされ、タンパク質や脂肪を分解する酵素を含んだ洗剤を使用する。凝固した体液の塊は、スクレーパーという金属製のヘラでこそぎ落とす。