3 殺人の手段と結果

3.5 撲殺、圧殺、転落死

 表面が平面もしくは鈍い曲面である、鈍器により受ける損傷を鈍器損傷と呼ぶ。石などの他、拳や歯牙、高所から落下した際の水面、爆発の際に発生したガスなども鈍器(鈍体)と定義される。

3.5.1 致命的な損傷

 頭部の損傷は、軟組織の損傷、頭蓋骨の骨折、頭蓋内出血、脳の損傷に分類できる。頭部の致命的損傷の多くは、交通事故や高所からの落下などにより発生しており、致命的な脳の損傷では、75%で頭蓋骨の骨折を伴っている。頭蓋骨の上部の頭蓋冠は側頭部が薄く、後頭部が厚い。また、骨の縫合部は外力に弱い。骨折の状態によって、鈍器や作用方向、エネルギーを推定できる。硬膜外血腫やくも膜下出血といった頭蓋内出血は、時間とともに脳の代謝や生理機能を崩壊させていく。頭蓋骨と脳の軟らかさの違いにより、頭部が外力を受けると脳は剪断力を受けて損傷する。死に直結するのは、脳が切断される脳裂傷や、大きく破壊される脳挫滅、くも膜下出血である。
 胸腔内には心臓、肺、大動脈といった重要な臓器があるため、胸部の損傷は致命的になりやすい。1本の肋骨骨折は生命に問題を与えないが、多数の肋骨骨折や同時に胸骨骨折になると、呼吸時に異常をきたし、重篤な症状となる。胸部に強大な外力がかかり、肺の収縮と声門の閉鎖が同時に発生すると、肺破裂が生じ、気胸や血胸により死に至ることがある。あまりないが、交通事故の際にハンドルと衝突するなどして、心臓が胸壁と脊椎に挟まれて心筋の断裂や出血を引き起こす心臓挫滅になることがある。
 脊髄損傷では、T1(肩くらい)より上方が損傷すると循環不全を生じる可能性があり、C4(首のまん中くらい)より上方が損傷すると横隔膜神経が麻痺して呼吸不全になり死に至る。
 腹部は腹筋の緊張により守られているが、不意に鈍体が衝突した場合や、意識がない時は強い内臓損傷を生じる。肝臓の損傷は失血死に繋がる。

3.5.2 転落死

 転落死の場合、地上20m(7~8相当)からコンクリートの地面に対して落下すれば確実に死亡するとされる。落下地点が樹木、街灯、車、トタン屋根、雪などの場合、致死率は下がる。頭から落ちれば致死率は上がる。どの部位から落ちたにしろ、頭や胸を激しく損傷し、頭蓋骨骨折、全身打撲、内臓破裂、出血多量などで死亡する。溺死の項目で述べたように、高所から水面に転落した場合も、コンクリートに相当する衝撃を受けて死亡する。
 死体の外見はそのままだが、内部では内臓が破裂し、骨の砕けた状態となっている。糸の切れたマリオネットのような状態に形容される。足から落ちた場合は血の跡が少なく、頭から落ちた場合は頭蓋骨が割れ、現場に脳や血が飛び散る。胴体から先に落ちた場合、手足が後から地面に激しく叩きつけられるため、手足の血液が骨の辺縁に排除されるように出血し、骨の部分が蒼白に、骨の周辺が暗赤褐色になる(辺縁性出血)。
 高度と落下地点の条件を満たしていれば、落下中はゆっくり落ちているように感じ、落下後は苦痛を感じず安らかな気持ちのうちに意識を失うとされる。

3.5.3 その他の損傷

 鈍器が皮膚面を摩擦すると、表皮剥脱が発生する。これだけでも擦過方向が分かるが、鈍器が皮膚に対して直角に衝突した場合には、鈍器の形や模様を写すことがある。損傷が真皮に達すると、生前であれば毛細血管の血液が凝固して黄褐色や黒褐色の痂皮を生じる。
 鈍器による打撃などで、創を作らずに皮下で血管が破れて組織内に出血すると皮下出血が発生する。鈍器が作用した面積に等しいか、それより大きな範囲で発生する。皮下出血の量が多く隆起した場合は血腫と呼ばれる。棒状の鈍器での殴打や、高所からの墜落、交通事故によるタイヤマークなどでは、鈍器の衝突部位を避けるように皮下出血が見られる場合があり、衝突部位の判定に使われる。
 鈍器による強い打撃などで、皮膚や皮下組織が挫滅してできた創を挫創と呼ぶ。傷は縁に切り込みを持ち、歪な多角形である。傷口の中には、切断をまぬがれた神経や血管が架橋状に見られる。傷口から、作用方向や、鈍器が尖った面あるいは平面だったかを、ある程度推定できる。
 間接的な外力の作用により、皮膚が弾性力の限界を超えて伸び、断裂した創を裂創と呼ぶ。皮膚割線に沿ってできることが多い。轢かれた死体の脇の下や股、四肢、焼死体の皮膚亀裂に見られる。鈍器の形状と傷口に関連はない。挫創と同じように、傷口の中には架橋状の組織が見られる。
 タイヤなどによって皮膚が強く引っ張られ、皮膚や皮下組織が剥離した状態をデコルマンと呼ぶ。皮膚と下層の間には血液やリンパ液が溜まる。