3 殺人の手段と結果

3.3 毒殺

 毒物とは、生体に摂取された場合に、化学的作用により健康を害しあるいは死に至らしめる化学物質である。この毒物が原因で生体の機能が障害されることを中毒、死亡した場合を中毒死と呼ぶ。さらに被害者に摂取させることにより殺害する方法を毒殺と呼ぶ。個人あるいは多数の被害者を少ない接触で、あるいはまったく接触せずに殺害することができ、精神的な負担が少ない。ただし、毒物の致死量は人や状況によって違いがあり、特異体質によって激しい症状を示すこともあるので、意図しない状況に陥る可能性がある。確実に殺害するなら、致死量の3倍摂取させる必要があると主張する研究者もいる。
 非侵襲的な毒物の侵入経路は、口、経皮、呼吸の3つがある。気体、液体、固体の順で吸収速度が早く、同じ毒性であれば死に至る時間も吸収速度に準ずる。乳児や老人は代謝が低く、毒物に対して敏感で抵抗が低い。また、侵襲的な侵入経路として静脈注射がある。腸で吸収するより早く作用し、効果も大きい。さらに錠剤のように吐き出すこともない。アルコールを同時に摂取することは、肝臓がアルコールの解毒で手いっぱいになったり、中枢神経を抑制して薬の効果を増すと言われている。
 薬の形状の場合、動脈注射、静脈注射、皮下注射、液状、粉末、顆状、錠剤の順で吸収速度が遅くなり、物質を添加することと合わせて、効き方や持続時間を調整する。カプセルの素材や形状によって、体内のどの部分で吸収させるかを調整する。薬は主に肝臓で代謝され、薬自体の活性が変化し、水に溶けやすい物質になって排出される。水溶性の薬はそのままの形で腎臓から排出され、脂溶性の薬は肝臓、腎臓、肺などで代謝され、水溶性物質に転化した後に腎臓から排出される。麻酔剤や催眠剤は、脂肪部分や筋肉部分へ、何回も薬が分配されて薄くなり、それ自体が分解されないので脂肪組織に長時間残る。
 毒性はLD50(リーサル・ドース・フィフティ)で表現される。薬物を投与した実験動物の半数が死ぬ薬量で、体重1kgあたりに換算する。数値が低いほど毒性が高いことになる。ただし、人間は実験動物と代謝速度が異なっていたり、神経毒なら心臓に近いほうが致死性が高かったり、様々な影響を受けるので、体重70kgの人間に70倍の薬量を与えれば良いという単純なものではなく、あくまで目安である。過去の人間での事故例もあわせて参照するのが望ましい。後述する経口致死量は口から摂取した場合の人一人が死ぬ薬量であり、LD50とは異なる。
 毒によっては解毒方法が存在する。毒物に相互作用し複雑な化合物に変えて無毒化したり、毒物が生理的中枢と結合する前に自身が結合して阻害したり、すでに結合している毒物をどかして自身が結合する生化学的なものや、毒物を自身の表面に吸着する物理的なものがある。トリカブトのように解毒方法が無い毒もある。口から摂取した毒物であれば、牛乳や水を飲んだり、吐き出させたり、胃を洗浄する応急処置も行われる。

3.3.1 青酸カリ

 青酸カリはシアン化カリウムを指すが、通俗的にはシアン化ナトリウムとシアン化水素としても使われる。シアン化カリウムは、銀や銅の電気メッキや冶金、金属製品の加工、写真現像などに用いられる粒状の物質で、経口致死量は200~300mg。シアン化ナトリウムは、鋼の焼き入れ、金や銀の冶金、柑橘類の殺虫剤、化学工業製品のニトリル合成に用いられる粒状の物質で、経口致死量は同量。シアン化水素は、アルカリ性にして倉庫や船舶の燻蒸剤、害虫駆除剤として用いられる液体。合成樹脂などにも含まれており、火災などで燃焼するとシアン化水素が発生して中毒死することがある。
 摂取した青酸カリが胃の中に入ると、胃酸によりシアン化水素が発生する。肺から吸収されたシアン化水素は細胞内の酵素と結合し、細胞呼吸を阻害して内窒息に至らしめる。致死量では直ちに意識を失い、全身の痙攣や呼吸困難を引き起こし、数分のうちに死亡する。致死量に満たない場合は頭痛、めまい、嘔吐、痙攣、心臓や呼吸の障害を引き起こす。胃酸と混ざる工程が必要であるため、満腹の場合は死亡までに数分から一時間はかかると言われている。シアン化水素を直接吸入した場合は数秒以内に症状が起きる。亜硝酸アミルの吸入や、亜硝酸ナトリウムの注射により、シアン化水素を別の物質と結合させることで解毒を行う。
 青酸カリはかなり苦く、致死量を食べて摂取するのは困難である。実際の殺人事件では、コーラやウーロン茶など多少違和感があっても飲み干してしまう飲み物に混入されることが多い。酸性飲料に混ぜると青酸が遊離して毒性が強まると言われている。一方、糖はシアン化合物と結合して、毒性を失わせるとされる。
 シアン化カリウムやシアン化ナトリウムを飲んだ遺体の臓器粘膜や血液は鮮紅色、死斑はピンク色になる。さらに、大量に飲み込んだ場合は口腔内や食道の局所粘膜に著しい出血や壊死、アルカリ性の腐食が見られる。シアン化水素を吸引した遺体は血液と死斑がピンク色になる。いずれも独特なアーモンド臭を発する。
 アンズやウメに含まれる青酸配糖体が酵素の作用によって加水分解され、青酸(シアン化水素)を生じるケースは、毒草の項で後述する。

3.3.2 ヒ素、セレン

 ヒ素は、灰白色の金属光沢のある結晶性のもろい個体。有機化合物や塩として、天然に広く存在する。毒性に加え、発がん性、奇形誘発作用もある。和歌山毒物カレー事件で使用された。
 生体に入ると、三価のヒ素化合物に変化し、細胞中の酵素と結合して物質代謝を全面的に乱す。大量暴露により、消化器系が犯され、緑色の固体の嘔吐、発熱、食欲不振、肝腫、黒皮症、不整脈などを引き起こす。数日以内に貧血や白血球減少が起こり、1~2週間で末梢神経系統の知覚喪失が見られる。70~180mgを摂取すれば、呼吸中枢、運動中枢、神経中枢が麻痺して意識を失い、急性死する可能性がある。長期間暴露した場合は、黄疸、肝硬変、腹水症、末梢血管系や皮膚障害を引き起こし、心臓発作で死亡する。応急処置として催吐や胃洗浄が行われ、解毒剤としてジメルカプトプロパノールやD-ペニシラミンの投与、補給として静脈注射によるグルコースとビタミンCとB1の投与、カンフルによるカフェインの投与が行われる。

 セレンも天然に存在し、硫黄や硫化物中に含まれている。人体の網膜や骨格筋、心臓、肝臓にも微量に含まれる。セレンとその化合物は、半導体工業や電子工業、レンガやほうろうの着色剤、油の添加剤、触媒などに使用される。
 生体の硫黄がセレンに置き換わることで毒性を発する。単体や化合物を数十mg摂取すると、ニンニクの臭いのような口臭、衰弱、頭痛、失神の後、死亡する。

3.3.3 筋弛緩剤

 筋弛緩剤は、筋肉を緩ませる薬であり、人工呼吸器の気管挿入や開腹手術に用いられる。人間の医療用以外にも、ペットショップや獣医でペットの安楽死用に使われる。塩化スキサメトニウムは静脈注射で投薬し致死量は20mg。硝酸ストリキニーネの経口致死量は30~100mg。
 筋肉は、神経伝達物質であるアセチルコリンを神経から受け取ることで収縮する。筋肉弛緩剤はこのアセチルコリンと似た構造をしており、受容体を占有することで、神経から筋肉に情報が伝達できなくする。筋弛緩剤を投薬すると呼吸筋が止まり、人工呼吸器を併用しない限り、呼吸困難になり死に至る。

3.3.4 農薬

 農薬は農業で使用する、殺菌、殺虫、殺鼠、除草、植物成長調整などを目的にした薬品である。代表的な二つの薬剤について説明する。
3.3.4.1 有機リン系殺虫剤
 有機リン系殺虫剤は無味無臭で、経口はもちろん、皮膚についただけでも効果を発揮する。パラチオンの致死量は100~300mgで、現在は使用禁止されている。ニッカリンの致死量は60~150mg。他にサリンやマラチオンが属する。
 有機リン系殺虫剤は、神経伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素の働きを阻害する。神経から情報を伝達した後にアセチルコリンが分解されなくなり、筋肉が常に収縮した状態になり痙攣する。やがて呼吸筋が止まることで、呼吸困難になり死に至る。致死量に満たない場合も、嘔吐、腹痛、発汗、頭痛、矯正排尿弁、言語障害、錯乱など症状は多岐にわたる。
3.3.4.2 パラコート除草剤、ダイコート除草剤
 総称ビピリジウム系除草剤は、除草効率が高く、畑、果樹園などで使われている。本来無味無臭だが、市販品は催吐剤が混入されたり着色や着臭されている。パラコート除草剤は、グラモキソン、パラゼットがある。ダイコート除草剤は、レグロックスがある。合剤は、プリグロックスL、マイゼットがある。パラコート20%含有剤の致死量は10~15mg。
 パラコート除草剤は植物細胞中の葉緑素のDNAにある種の活性酸素を作り、それがDNAを破壊する。人間が摂取した場合も同様の現象を引き起こし、特に肺の細胞を攻撃する。肺は弾力を失い、うっ血から肺水腫、肺線維症を起こし、呼吸不全になり死に至る。即死ではなく、数日もしくは数週間かかる。救命措置として胃・腸洗浄が行われるが、有効な解毒方法はない。ダイコート除草剤の場合、消化管の出血性びらんや壊死、尿細管壊死が見られるが、肺の障害はない。
3.3.4.3 カーバメート剤
 カラバル豆の成分を使用した農薬で、N-メチルアリルカーバメートは殺虫剤として、N-アリルアルキルカーバメートは除草剤として使用される。
 カーバメート剤は有機リン系殺虫剤と同じように、神経伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素の働きを阻害する。症状も有機リン系殺虫剤と同じである。

3.3.5 医薬品、大衆薬

 病院での診断により入手可能な医薬品や、薬局などで購入可能な大衆薬の中にも、過多な摂取により死に至るものがある。致死量は主成分に対するものなので、服用量は含有量で割り算した分の錠剤が必要である。
3.3.5.1 バルビツール酸誘導体
 バルビツール酸誘導体は睡眠薬や鎮静剤に用いられる。バルビツール酸誘導体自体は中枢神経の抑制作用を持たず、水素をアルキル基やアリル基に置換して使う。あらゆる細胞機能を抑制する普遍的抑制薬であるため、過多な用量を摂取すると中枢神経以外に呼吸中枢や循環中枢、心筋を抑制してしまい、血流低下、ショック、呼吸抑制、昏睡、体温低下などの中毒症状を引き起こす。致死量は2g。
3.3.5.2 ベンゾジアゼピン誘導体
 ベンゾジアゼピン誘導体は抗不安薬、鎮静薬、睡眠薬、抗痙攣薬などに用いられる。ベンゾジアゼピン誘導体に属し睡眠薬であるニトラゼパムは、最も急性中毒の頻度が高い。意識障害、発音障害、運動失調、呼吸抑制、血圧低下などの症状が起きる。致死量は500mg。
3.3.5.3 ブロムワレリル尿素
 かつて睡眠薬として用いられていたが、現代においては劇薬とされ入手は困難である。過多に摂取すると、中枢神経が抑制され脳や脊髄からの信号が伝達できなくなり、呼吸抑制などの症状を引き起こして死に至る。芥川龍之介や太宰治がカルモチンという名の睡眠薬を使用し、心中未遂および自殺したことで知られる。致死量は多いもので30g。
3.3.5.4 エフェドリン
dl-塩酸メチルエフェドリンは気管を広げる作用を持ち、市販の鎮咳薬に用いられる。覚醒作用があり、過多に摂取するとアドレナリンに似た、血圧上昇や不整脈を引き起こし、循環不全で死亡する。致死量は0.6g以上とされる。
3.3.5.5 ジフェンヒドラミン
ジフェンヒドラミンは市販の乗り物の酔い止めや鎮暈薬に用いられる。過多に摂取すると抗ヒスタミン剤として作用し、血圧上昇や不整脈、肺水腫、中枢神経の抑制による呼吸抑制を引き起こす。簡易尿中薬物検査に引っかからない。致死量は多いもので体重1kgあたり40mg。
3.3.5.6 スコポラミン
 チョウセンアサガオなどから得られるアルカロイドで、副交感神経遮断薬として乗り物の酔い止めに用いられる。過多に摂取すると呼吸抑制を引き起こす。副作用として、眠気、錯乱、幻覚、嚥下困難が挙げられている。致死量は多いもので50mg。
3.3.5.7 アセトアミノフェン
 解熱鎮痛作用を持つ。過多に摂取すると、急性アセトアミノフェン中毒を引き起こし、眠気、めまい、頭痛、悪心、嘔吐、昏睡、肝障害となる。重篤な場合は数日後に多臓器不全となり死亡する。致死量は体重1kgあたり0.2~1g。
3.3.5.8 カフェイン
 覚醒作用を持ち、乗り物の酔い止めなどに用いられる。微量だがコーヒーにも含まれる。脳内の血管運動の中枢や呼吸中枢を刺激し、心臓の筋肉収縮力を増強する。過多に摂取すると、興奮、血圧上昇、心室細動が起こり、心肺停止により死に至る。致死量は10g。
3.3.5.9 アセチルサリチル酸
 消炎鎮痛剤として用いられ、商標名のアスピリンで知られる。呼吸中枢などの中枢神経系と代謝系を刺激する。過多に摂取すると、6~72時間で、喉や胃の痛み、嘔吐、下痢、頭痛、めまい、過呼吸、代謝異常、高熱、昏睡、腎臓障害などを引き起こし、呼吸不全、ショックにより死に至る。致死量は多いもので20~30g。

3.3.6 ドラッグ

 医薬品や大衆薬ですら過多に摂取すると死に至るのだから、用量でも影響が大きいドラッグも当然、過多に摂取すると死に至る。
3.3.6.1 覚せい剤
 中枢神経系、特に大脳を強く刺激し、集中力や活動欲求を高める。耐性のない者が致死量を静脈注射した場合、数秒から数十秒で動悸、発汗、過呼吸、瞳孔の拡大、場合により脳出血が生じ、循環器不全によって死に至る。アンフェタミンとメタンフェタミン系があり、いずれも静脈注射時の致死量は120mgだが、耐性ができている場合は2gでも死亡しなかった例がある。
3.3.6.2 アヘン、モルヒネ、ヘロイン
 ケシの未熟果皮から精製したもので、ヘロイン、モルヒネ、アヘンの順で純度が高い。中枢神経を抑制して、ぼんやりとした快感をもたらす。過多に摂取すると、数十秒でめまい、多幸感、吐き気、悪心が生じ、次第に血圧と体温が下がって呼吸が抑制され、6~12時間で呼吸停止によって死亡する。致死量はアヘンで多いもので5g、モルヒネで多いもので0.5g、ヘロインで多いもので0.6mg。

3.3.7 ニコチン

 中枢神経や運動神経などに刺激、興奮を与え、その後抑制する作用を持つ。過多に摂取すると、喉がかきむしられるように痛み、むかつき、吐き気、頭痛を生じ、やがて知覚が麻痺して意識を失い、呼吸停止で死亡する。ニコチンは毒性が強いが、煙草を用いる場合、濃度が低いので抽出する必要がある。一本あたりの含有量は2mg以下で、煙草の葉を鍋で煮詰めればそのほぼすべてが溶出する。誤食では30分~4時間以内、浸出液の摂取では15分以内に発症するが、ニコチンには催吐作用があるため、経口での摂取は困難とされる。高濃度のニコチンを摂取した場合は5分で死亡する。致死量は多いもので160mg。

3.3.8 有機溶媒

 有機溶媒である灯油、ガソリン、ベンジン、シンナーなども飲用することで死に至る。この中でシンナーの毒性が最も高いが、濃度の確かなものの入手が困難であるため使いにくいとされる。
 シンナーは接着剤や塗料のうすめ液などに使用され、主成分はトルエン。蒸気の吸入により、気管支、咽頭の刺激、頭痛、めまい、食欲不振などを引き起こす。数回の吸入後、30分以内に幻覚が現れる場合があり、中毒者が存在する。致死量は多いもので30ml。
 ガソリンについて、摂取すると中枢神経が抑制され、吐き気、多幸感、眠気、胸部の灼熱感、錯乱が生じた後、呼吸停止か突然の心室細動により死に至る。致死量は多いもので50mlだが、250mlを飲んで回復した例もある。
 ベンジンについて、摂取すると中枢神経が抑制され、頭痛、めまい、一時的陶酔感、昏睡が生じた後、呼吸不全か突然の心室細動により死に至る。致死量は多いもので135ml。

3.3.9 動物毒

 毒針や毒牙を持ち、刺したり噛むことによって死に至らしめる動物、あるいは体内に毒を持ち捕食者を死に至らしめる動物について記載する。
 なお、世界で最も毒が強い生物はマウイイワスナギンチャクであり、LD50は0.00005~0.0001mg/kgである。あまりの猛毒から、採取する際に皮膚の小さな傷から被毒し、高熱を発したとされる。
3.3.9.1 フグ毒
 フグ毒の正式名称はテトロドトキシンである。LD50は0.01mg/kg、経口致死量は約2mg。肝臓や卵巣は毒性が強く、20~30g食べると死に至る。フグの種類によっては皮や筋肉にもテトロドトキシンは含まれる。またフグ以外にも、ヒョウモンダコやバイ貝、ある種のイモリやカエルの皮膚などにも含まれる。加熱で分解しない。
 テトロドトキシンは末梢神経のシナプスのナトリウムチャネルを閉じ、脳から神経末端まで情報を伝達できなくする。神経麻痺や筋肉麻痺が引き起こされ、やがて呼吸筋が止まることで、呼吸困難になり死に至る。特効薬はなく、致死率は高い。食してから、20分後くらいに症状が出始める。唇や舌に痺れを感じ、続いて頭痛や腹痛、激しい嘔吐になる。間もなく知覚麻痺、言語障害、呼吸困難が始まる。低酸素症により意識を失ったのち、4、6時間後には心停止する。
 フグの場合は食する際の処理が不十分だった場合に被毒することは言うまでもないが、ヒョウモンダコの場合はその美しさから手の上に載せた際に噛まれて被毒することが多い。
 生存するつもりなら、水中にいるなら速やかに出て、人工呼吸あるいは人工呼吸器で窒息死を防ぐことが基本方針とされる。 
3.3.9.2 毒貝
 世界で最も毒が強い貝は、紀伊半島以南から太平洋の島々、オーストラリア東部に生息しているアンボイナガイであり、LD50は0.012mg/kgである。自由に伸びる矢のような形をした長い歯から毒を注入する。
 刺されると、感覚が麻痺し始め、唇が引きつり、目がかすみ、30分で足が麻痺し、1時間も経たずに意識不明となり昏睡状態に陥る。死亡率は20%である。
 生存するつもりなら、フグ毒と同じ対処を行う。
3.3.9.3 毒クラゲ
 世界で最も毒が強いクラゲは、奄美・沖縄地方やインド洋に生息しているハブクラゲであり、LD50は0.008mg/kgである。日没の数時間前から日没にかけて、沖合に行き捕食しているとされる。触手上の刺胞は0.01mmほどの大きさで、服の上から刺せないほど刺糸は短い。
 刺されると、まれに呼吸困難を起こし、6時間後に水疱、12時間後に壊死を引き起こすが、ふつうは回復する。数日後にショックによる多臓器不全で死亡する例もある。刺された事例は毎年130件ほどあり、2004年では3件の死亡事故が発生している。
 生存するつもりなら、酢をたっぷりかけて氷などで冷やすことが推奨されている。本人の同意があれば、オーストラリアから輸入した血清を使用することも可能。
3.3.9.4 毒ヘビ
 世界で最も毒が強いヘビは、オーストラリアの内陸部に生息しているインランドタイパンであり、LD50は0.025mg/kgである。神経毒が主体で、1個体につき44~110mgの毒を保有している。温厚な性格で、小形哺乳類や小鳥を獲物としているせいか、45分ほどで成人を死に至らしめると言われているものの過去に確実な報告は無い。
 日本で最も毒が強いヘビは、南西諸島に生息しているヒロオウミヘビでLD50は0.16mg/kgである。陸生ならヤマカガシでLD50は0.27mg/kgであり、毒牙の他に頸線から毒液を飛ばすことができる。ヒキガエルを食べてその毒を蓄えることが知られている。
 生存するつもりなら、血液が巡る速度を遅らせ、毒が全身に回る前に血清を打つのが基本方針とされる。脈拍を上げないように、興奮せず、無駄に動かず、可能なら毒ヘビの種類を同定する。危険なので毒を口で吸い出さず、意味がないのでナイフで傷口を抉らない。牙の跡がある位置より心臓側をほどほどに縛り、壊死しないように10分に1度ヒモを緩める。壊死に繋がるので氷で冷却はしない。
3.3.9.5 毒カエル
 世界で最も毒が強いカエルは、南米に生息するヤドクガエルであり、LD50は0.002~0.005mg/kgである。皮膚腺にバトラコトキシンと呼ばれるアルカロイドに似た毒を有している。インディオ達が毒矢の矢じりを作るために利用しており、棒に突き刺して火にかざすことでミルク上の液を集め、1匹あたり30~50本の毒矢を作っていたという。なお、ヤドクガエルは土壌にいる有毒のダニやダニを食べる昆虫を食べることで毒を体内で濃縮させており、動物園のヤドクガエルは無毒な昆虫を食べて育っているため、毒性が無いと言われている。

3.3.10 毒草

 植物の多くは毒性を有しており、例えばニンニクを大量に摂取すると胃腸炎を引き起こすし、ニンジンの汁は皮膚炎を引き起こす。本資料にはこのうち、広く致死性を有する毒草を記載する。紹介しないが他にも毒草には、致死量の低いものや、子宮収縮を引き起こし流産を促すもの、発がん性を有するものなど、使用方法によっては致死性を有するものが存在する。

 植物毒は、どこに働くかで分類すると6つに分類できる。

  1. 刺激毒
  2.  皮膚や粘膜などを刺激し、炎症を起こす。ウルシ、イチョウなど。
  3. 麻酔毒
  4.  神経系に異常を起こす。ケシ、コカノキなど。
  5. 刺激麻酔毒
  6.  刺激毒と麻酔毒の中間の特性を持つ。トリカブト、バイケイソウなど。
  7. 心臓毒
  8.  心臓にダメージを与える。キョウチクトウ、フクジュソウなど。
  9. 血液毒
  10.  赤血球の膜を破り、ヘモグロビンを漏出させる。シクラメン、トチノキなど。
  11. 痙攣毒
  12.  中枢あるいは末梢神経に働いて呼吸麻痺などを起こす。ドクゼリ、シキミなど。

 また、毒の成分で8つに分類できる。

  1. アルカロイド
  2.  植物中に存在するアルカリ性を呈する窒素含有化合物。致死量は0.003~0.004g。モルヒネやアトロピンなどの真性アルカロイド、メスカリンやエフェドリンなどのプロトアルカロイド、アコニチンやソラニジンなどのプソイドアルカロイドがある。
  3. 配糖体
  4.  糖の水酸基が炭化水素やアルコールなどの非糖質化合物と結合してできる化合物の総称。有毒なものとしては、キョウチクトウなどの心臓毒、ウメやアンズなどの青酸生成配糖体、アセビやネジキなどの麻酔昏睡がある。青酸生成配糖体の致死量は0.1g。
  5. サポニン
  6.  配糖体の一種。水に溶けると泡立ち、分解しにくい特徴を持つ。去痰作用や溶血作用を持ち、血球破壊や皮膚炎症などを起こす。キキョウやエゴノキなどが該当する。
  7. 苦味質
  8.  苦味を持った物質の総称。成分的にはテルペン類やステロイドなどの配糖体であり、ドクゼリやドクウツギなどが該当する。
  9. 樹脂
  10.  植物性の分泌物で、不定形または結晶しにくい酸、もしくはエステルおよびアルコールなどの混合物。水には溶けにくいが、有機溶媒には溶けやすい性質を持つ。ウルシやハゼノキなどが該当する。
  11. 油脂
  12.  植物精油とも言い、香気または臭気が強い。水には溶けにくいが、水蒸気蒸留は可能。モノテルペン、スキテルペン、フェノール性化合物などが多く含まれる。トウゴマやクスノキなどが該当する。
  13. 植物性毒素
  14.  タンパク毒素や毒タンパクとも言い、ペプチド活性を持った一種の低分子タンパク毒素。トウゴマやニセアカシヤなどが該当する。
  15. シュウ酸
  16.  カリウム塩またはカルシウム塩で存在する酸性物質。エタン二酸とも。シュウカイドウやカタバミなどが該当する。
3.3.10.1 トリカブト
 トリカブト属の植物にはアコニチンが含有され、多くは塊根の部分に含まれる。アルカリ溶液に浸したり熱を加え、弱毒化して乾燥したものはブシまたはウズと呼ばれ生薬として用いられる。園芸店で売られているのは毒性の弱いハナトリカブト(アコニタム)であり、本州の山林に生息するヤマトリカブトの採取が推奨される。富士山のふじあざみライン沿いの三合目から五号目や、筑波山、三浦半島に多く自生している。ただし、自生地によっては毒性の低いヤマトリカブトも存在する。毒性の高い根をかじると、ピリッという金属的な味がし、唾液が苦みに侵され、半日以上舌の先が熱くなるという。しかし、料理として提供された事件や誤食事件では、混入に気づかずに死亡している。

 アコニチンはシナプスのナトリウムチャネルに結合し、ナトリウムが流入しやすくして、ナトリウムチャネルを常に活性化させる。摂取すると、10~20分で口唇や四肢の痺れ、悪心、嘔吐、下痢、めまいを起こし、激しい唾液分泌や意識消失、全身痙攣、呼吸麻痺などを経て、2時間後に循環不全や呼吸不全で死亡する。有効な解毒剤はない。アコニチンの致死量は3~4mgで、塊根の推定最小致死量は1g。

3.3.10.2 ジキタリス
 ジキタリスは釣鐘状の花をつける多年草で、強心剤として古くから用いられている。ガーデニング用として苗や種が売られており、容易に入手できる。

 ジキタリスの成分であるジキトキシン、ギトキシンは胃腸から急速に吸収され、尿で排出されるまでに20日以上かかるため、体に蓄積されやすい。多量に摂取すると、悪心、頭痛、嘔吐、下痢などを起こし、視覚障害、錯乱、不整脈、中枢神経麻痺、心室細動などを起こして死に至る。葉に多く含まれ、致死量は体重1kgに対して5mgと言われている。配糖体によって青汁よりも苦みが強く、誤って食べても多くは吐き出されているとされる。

3.3.10.3 ドクニンジン
 ドクニンジンは、若葉がニンジンやパセリに、生育するとセロリに似ているセリ科の二年草である。園芸植物ではないため、草原から採取する必要がある。哲学者であるソクラテスが、ドクニンジンの毒杯を飲まされ処刑されたことで有名。

 ドクニンジンの毒は、意識がはっきりしたまま肉体だけが硬直する。毒の成分は、コニイン、ガンマコニセインであり、悪心、嘔吐、口の渇き、めまい、骨格筋の麻痺、痙攣、体温低下、聴覚障害、瞳孔拡大などを引き起こす。そして、手足の末端から痺れ始め、筋肉が硬直する。やがて、横隔膜の筋肉が麻痺し、呼吸困難によって窒息により死に至る。毒性は天候に大きく左右され、夏の晴れた蒸し暑い日は、曇りの日よりも2倍の毒性を持つ。また、乾燥させたり搾った汁は、時間が経過するにつれて毒性が低下する。コニインの致死量は500mgと言われ、コップ1杯の搾り汁程度に相当する。

3.3.10.4 ヒガンバナ
 ヒガンバナは6片の反りかえった赤い花びらが特徴の多年草で、北海道を除く日本全域に自生する。ガーデニング用として、リコリスという名前で様々な色のものが売られている。鎮痛、降圧、去痰、赤痢治療、解熱の製材原料として用いられる。
 ヒガンバナの毒の成分はリコリンであり、主に球根に含まれる。嘔吐、悪心、下痢、脱水ショック、呼吸不全、痙攣、中枢麻痺などを引き起こし、死に至らしめる。致死量は、10gくらいとされる。歴史上、トリカブトと並んで毒殺や暗殺に用いられていた。ヒガンバナの毒の成分は水溶性であるため、水にさらし毒を流出させて食用にする地域がある。加熱では毒性は変化しない。
3.3.10.5 アオツヅラフジ
 アオツヅラフジは、白粉をおびた球状の黒青い果実をつける、北海道を除く日本全域に自生するツル性の落葉低木である。園芸植物ではないため、日当たりのいい道ばたや藪の中から採取する必要がある。ツルや根を輪切りにして乾燥させたものは、木坊巳という腎臓病の薬として利用され、解熱、血圧降下、骨格筋麻痺などの作用も持つとされる。
 アオツヅラフジの毒の成分はトリロビンなどであり、草全体に含まれる。多量に摂取すると、呼吸中枢や心臓が麻痺する恐れがある。ヤマブドウやエビヅルの実と間違え、誤食するケースが多々ある。
3.3.10.6 イヌサフラン
 イヌサフランは、土が無くても水だけで花を咲かせることが可能な、球根を持つ多年草で、ヨーロッパや北アフリカの湿地に自生する。ガーデニング用として、コルチカムという名前で販売されている。中枢神経を麻痺させるため、痛風に対する鎮静薬として使用された。似た名前と特性を持つサフランという花は、毒性がない。

 イヌサフランの毒の成分はコルヒチンであり、主に球根に含まれる。致死量は1~6mgであり、球根10gに相当する。コルヒチンは刺激性、細胞分裂防止性を持ち、コレラに似た症状が現れ心臓血管性虚脱で36時間以内に死亡する。細胞分裂の阻害場所によって様々な中毒症状を呈し、消化器官なら下痢、嘔吐、腹痛を引き起こし、肝障害による循環器不全によって死亡する。脊髄細胞なら白血球や血小板が減少し、鼻血や歯肉からの出血、血尿を引き起こし、出血によって死に至るケースがある。呼吸不全で死亡するケースもある。コルヒチンの反応が出るまでに12~48時間かかるため、気づいたときには手遅れになっているケースが多くある。

3.3.10.7 キケマン
 キケマンは、ニンジンに似た葉を持ち、黄色で唇型の小さな花を多数咲かせる、関東以西の低地や海岸近くに自生するケシ科の植物。ムラサキキケマン、ツルキケマン、ミヤマキケマンなども同様の特徴を持ち、有毒である。園芸植物ではないため採取する必要がある。種類によって、分布や生息地が異なる。20~50cm以上と、大株に育つ。
 キケマンの毒の成分はビククリン、プロトピンであり、根が強い毒性を持つ。口にすると、酒に酔ったような感じになった後、眠気、吐き気、黒目が小さくなる、脈が遅くなるなどの中毒症状を引き起こす。ビククリンは激しい痙攣を引き起こす作用を持つため、深い眠りと体温低下の後、呼吸や心臓の麻痺が起きる。キケマンの毒は水に溶けやすい性質を持つ。葉や茎を折ると特有の嫌な臭いがするため、誤食は少ないとされる。
3.3.10.8 シキミ
 シキミは、長楕円形の葉が互い違いに茂り、淡黄白色の花を咲かせる、関東以西に自生する3~5mの樹木。オオカミや野犬が埋葬された死体を掘り起こさないように植え、線香のような臭いで死体の臭いを消したという経緯から、仏壇や墓場に供えたり、葬式の花として用いられる。宗派によってはシャシャキが用いられるが、こちらは無毒である。園芸店やスーパーで切り花として販売されている。
 シキミの毒の成分は、シキミン、イリシン、アニサチンであり、主に実が強い毒性を持ち「毒物及び劇物取締法」で指定されている。60~120粒の種子で中毒症状を引き起こすと言われているが、果皮の方が毒性が高い。アニサチンは神経毒の一つであり、口にすると、1~6時間の潜伏期の後、吐き気、嘔吐、腹痛、下痢、ふらつきなどの神経症状を引き起こす。重症になると、全身痙攣、呼吸麻痺、意識障害が起こり死に至る。
3.3.10.9 クロバナロウバイ
 クロバナロウバイは、葉の裏に軟毛を生やし暗紅紫色の花を咲かせ、イチゴに似た芳香を発する、日本に自生していない落葉低木。ガーデニング用として、切り花や木を入手できる。
 クロバナロウバイの毒の成分は、カリカンチンであり、種子に含まれる。脳幹や脊髄の運動神経細胞にだけ作用するため、意識がはっきりした状態で、体を弓なりにして強直性の激しい痙攣などを起こして死に至ることになる。その中毒症状はストリキニーネに似ている。
3.3.10.10 ストロファンツス
 ストロファンツスは、花弁の先端がひも状に垂れ下がった白や黄色の花を咲かせる、日本に自生していないツル性低木。日本では薬用植物園の展示くらいでしか生育させていない。原産地は熱帯アフリカだが、そこから採取するのは現実的ではない。先住民が矢毒として用いていたほか、強心剤の製剤として現在でも用いられている。
 ストロファンツスの毒の成分は、ストロファンチン、ウワバインであり、種子に含まれる。強力な心臓毒を有し、サイやゾウが数秒で死に至る。ただし、血管から摂取した場合のみ中毒症状を引き起こし、経口で摂取した場合は無毒である。
3.3.10.11 キョウチクトウ
 キョウチクトウは、竹のような葉を持ち、花弁が無造作に重なった白やピンクの花を咲かせる常緑低木。日本では、公害や乾燥に強いことから、高速道路沿いや公園の生け垣に用いられる。造園関係の店で苗木を入手できる。葉は強心剤や利尿剤の作用がある。
 キョウチクトウの毒の成分は、オレアンドリン、アディネリン、ギトキシゲン、ジギトキシゲンであり、主に葉が強い有毒成分を含む。口にすると、下痢、嘔吐、めまい、腹痛、冷や汗を生じ、やがて脈拍が乱れ、心臓麻痺を起こして死に至る。致死量は体重1kgに対して0.30mgと言われ、過去に96歳の女性が4gのキョウチクトウを食べて自殺した例や、キョウチクトウを箸の代わりに使って中毒死した例がある。燃やした煙にも有毒成分が含まれるとされる。
3.3.10.12 ドクウツギ
 ドクウツギは、中が空洞の四角い断面の小枝を持ち、ブドウのような黒紫色の房状の実をつける、元来から日本に自生する落葉低木。園芸植物ではないため採取する必要がある。近畿以北の、河原、山地、丘陵地の斜面、崩壊地に生える。
 ドクウツギの毒の成分は、コリアミルチン、ツチンであり、主に実に含まれる。口にすると、30分ほど経過してから、悪心、吐き気、嘔吐、舌や口の痺れ、発汗、口唇紫変、瞳孔縮小などを生じ、強直性全身痙攣を起こして死に至る。コリアミルチンの致死量は体重1kgに対して0.5mgとされ、葉24gが相当する。ドクウツギの実は甘く、誤って果実酒にするケースがあるが、コリアミルチンはアルコールに溶けやすいため危険。
3.3.10.13 オモト
 オモトは、節から厚い光沢のある葉を叢生させ、緑白色の密集した花と赤く熟した実をつける、室町時代から栽培されているユリ科の観葉植物。園芸店で鉢植えを入手できる。東海地方以西の山林や樹下に自生しているので、採取することもできる。根茎を乾燥させたものは万年青と呼ばれ、強心剤や利尿剤の漢方薬として用いられる。
 オモトの毒の成分は、ロデイン、ロデキシンであり、主に根茎に猛毒のロデインが、葉にロデキシンが含まれる。口にすると、悪心、嘔吐、頭痛、不整脈、血圧低下を引き起こし、やがて全身痙攣、運動麻痺、呼吸異常などによって死に至る。46歳の女性が、根茎をすり下ろして盃1杯ほど飲んで中毒死したケースがある。
3.3.10.14 ゲルセミウム・エレガンス
 ゲルセミウム・エレガンスは、ユリのような鮮黄色の花を咲かせる、日本に自生していないツル性低木。ガーデニング用として扱われておらず、インドから中国南部にしか自生していないので、国内での入手はできない。ただし、奈良時代には冶葛という名前で漢方として保管されており、人を殺せる能力を持つことが判明していた。
 ゲルセミウム・エレガンスの毒の成分は、コウミン、ゲルセミシンであり、植物全体に含まれている。この神経毒はトリカブトより強力とされ、地球上で最強の植物毒と言われている。口にすると、めまい、瞳孔散大、悪心、嘔吐、呼吸麻痺を引き起こして死に至る。ゲルセミシンの致死量は体重1kgに対して0.05mgであり、葉っぱ3枚とコップ1杯の水で死ぬと言われている。皮下注射でも経口投与でも効果は同じ。
3.3.10.15 ドクゼリ
 ドクゼリは、セリに似た葉を持つ、セリ科の多年草。セリより大きく育つほか、根茎が丸くふくれ、タケノコのように節を持つ点がセリと異なる。四国と沖縄を除く全土の、小川や沼沢などの湿地帯に自生しているので採取するか、冬季に園芸店で稀に売られている延命竹や万年竹という名前のものを購入する。

 ドクゼリの毒の成分は、シクトキシンであり、植物全体に含まれるが、特に地下茎や根の毒性が高い。中枢神経の延髄や中脳を刺激する神経毒である。季節によって毒の量に違いがあり、早春と晩秋に毒性が強くなる。口にすると、1時間半~2時間後にひどい灼熱感、嘔吐、めまい、腹痛、痙攣、瞳孔散大などを引き起こし、強直性全身痙攣や心臓停止で死に至る。シクトキシンの致死量は50mg、ドクゼリの量で6gに相当すると言われている。根茎を2個誤食し、1時間以上痙攣を起こし、心臓が停止して死亡したケースや、根で作った汁を皮膚に塗って死亡したケースがある。若葉をセリと間違えたり、根茎をワサビと間違えて誤食することが多い。

3.3.10.16 オキナグサ
 オキナグサは、花弁が白毛で覆われた釣鐘状で暗赤紫色の花を咲かせ、タンポポの綿毛のような種子を作る、キンポウゲ科の日本を代表する山野草の一つ。園芸植物として人気があり、園芸店で入手できる。本州、 四国、九州の比較的低い日当たりのいい山地の草原に自生しているので、採取も可能。開花期につぼみを摘み取ることで、根を太く育てることができる。根を乾燥させたものを白頭翁と呼び、抗アメーバ原虫作用を始め様々な効果を持つ漢方薬として用いられる。
 オキナグサの毒の成分は、プロトアネモニン、ヘデラゲニンであり、植物全体にプロトアネモニンが、根にヘデラゲニンが含まれる。刺激作用は開花時期が最も強いと言われている。口にすると、腹痛、嘔吐、下痢、流涎などを引き起こし、やがて胃腸炎や心臓停止によって死に至る。口に入れると焼けるような痛みを感じるため、誤食の可能性は低いが、乾燥させると刺激作用は軽減すると言われている。また、プロトアネモニンは肌に付いただけでも水疱などの皮膚炎を起こすことがある。
3.3.10.17 ヨウシュヤマゴボウ
 ヨウシュヤマゴボウは、茎が太く紅紫色で、ブドウのような果実を垂れ下げる、北アメリカ原産の外来植物。園芸植物ではないため採取する必要があるが、山野や荒れ地、市街地の空き地や造成地などの各地に雑草として自生しているので容易。根を日干しにして乾燥させたものを商陸と呼び生薬として用いていた。

 ヨウシュヤマゴボウの毒の成分は、硝酸カリ、キンナンコトキシンであり、植物全体に含まれるが、特に根と熟した実に多く含まれる。口にすると、じんましん、嘔吐、下痢などを引き起こし、重症になると脈拍が弱くなり、血圧が低下し、心臓麻痺を起こして死に至る。毒性は低く、健康な若者であれば大量に摂取しない限り死亡することはない。また、実を口に入れると、口の中が焼けつくような感じになるため、誤食の可能性は低い。ただし、5歳の子供が実でジュースを作って飲んだところ、30分もしないうちに激しい腹痛、嘔吐、下痢に見舞われ、全身に冷たい汗をかき、呼吸が荒くなり、脈が遅くなり、痙攣を繰り返して死亡したケースがある。

3.3.10.18 アンズ
 アンズは、5~6mの木で、白や淡紅色の5弁の花を咲かせた後に橙黄色の実を作る、バラ科の果樹。世界的に果樹園で栽培されているが、日本では甲信越と東北地方が主産地。園芸店や造園関係の店で苗木を入手できる。生食のアンズの実から種子を取り出し、栽培する方法もある。乾燥させた種子を杏仁と呼び、鎮咳、去痰などに用いる。
 アンズの毒の成分は、アミグダリン、遊離シアンであり、未熟な実や種子に含まれる。遊離シアンの致死量は50mgだが、これは種子25~50gに相当する。アミグダリンは種子の3%に含まれる。アミグダリンを生のまま摂取すると、酵素の作用によって加水分解され青酸(シアン化水素)を生じる。このため、口にすると、軽症の場合は頭のふらつき、嘔吐、瞳孔散大を引き起こし、重症の場合は意識障害、痙攣、呼吸障害を引き起こして死に至る。女性が種子を20~40個食べ、中毒症状を起こしたが死には至らなかったケースがある。
3.3.10.19 ウメ
 ウメは、高さ10mまで成長する木で、白や淡紅色、赤などの基本的に5弁の花を咲かせた後に黄緑色の実をつける、バラ科の果樹。実は、梅干し、煮梅、砂糖漬け、梅酒などに加工して食する。園芸店や造園関係の店で苗木を入手できる。ウメの煎液には抗菌・抗真菌作用がある他、解熱、鎮咳、去痰などの効果もあるため、民間薬として様々な用途で用いられる。
 ウメの毒の成分は、アミグダリン、遊離シアンであり、未熟な実(アオウメ)や種子、生の葉に含まれる。致死量や中毒症状はアンズの項目を参照すること。
3.3.10.20 マチン
 マチンは、3行の脈の入った葉を持つ、インド、東南アジア、オーストラリア北部の熱帯に自生する高木。毒性の強さが有名で、植物毒の魔王とも呼ばれる。ガーデニング用として扱われておらず、国内に自生していないので、国内での入手はできない。
 マチンの毒の成分は、ストリキニーネ、ブルシンであり、種子に含まれる。ストリキニーネの半数致死量は60mgで、種子に1~2%含まれる。無色無臭。口にすると、30分以内に中毒症状が始まり、五感が鋭敏になり、筋肉が硬直して嘔吐を起こす。15~60分で弓なりの激しい痙攣を起こし、3~6時間で呼吸麻痺や循環障害によって死に至る。殺人事件でも度々用いられており、埼玉県愛犬家殺人事件で使用された。
3.3.10.21 アセビ
 アセビは、白またはピンク色のつぼ型の花をスズランのように咲かせる、ツツジ科の低木。宮城、山形以南の乾燥した山地に自生するほか、庭園や公園で栽培されている。園芸店や造園関係の店で苗木を入手できる。過去にはトイレのウジ殺しに用いられ、現在もケジラミやカイセンの外用薬として用いられる。
 アセビの毒の成分は、アセボトキシン、グラヤノトキシンⅢであり、葉や茎に含まれる。口にすると、腹痛、嘔吐、下痢、神経麻痺、呼吸麻痺などを引き起こし、死に至る。アセボトキシンは苦味が強く、誤食の可能性は低い。
3.3.10.22 トウゴマ
 トウゴマは別名をヒマとも言い、ヤツデのような葉を持ち、ボンボンのような紅色の花を咲かせる一年草。種子からヒマシ油を取れるため、戦時中に燃料として栽培されたものが野生化したとされる。園芸用として種子を入手するか、荒れ地や草原などから採取する必要がある。薬剤としての役目を終えた現代でも、化粧品、インク、塗料などに多用される。
 トウゴマの毒の成分は、毒性タンパク質であるリシン、有毒アルカロイドであるリシニンであり、植物全体に含まれるが、特に種子が多く含む。リシンは世界三大毒の1つとして数えられている。種子を噛んだ場合、口の中が焼けるように熱くなり、舌に水膨れができ、喉の奥が腫れて気道閉塞になる。飲み込んだ場合も、吐き気、腹部の痛み、血便などを引き起こす。大量に摂取した場合、意識混濁、腎不全、溶血を引き起こして死に至る。その他の中毒症状として、嘔吐、血圧降下、呼吸中枢の麻痺なども引き起こす。リシンの成人に対する致死量は0.2~0.7mg、リシニンの成人に対する致死量は0.16gである。子供であれば1粒の種子で死亡すると言われている。
3.3.10.23 バイケイソウ
 バイケイソウは、楕円形の大きな葉を持ち、多数の緑白色のウメに似た花を咲かせる、ユリ科の多年草。園芸植物ではないため、日本全土の日当たりのいい山地の沢沿いや湿地などに自生しているものを採取する必要がある。バイケイソウはシュロウ属の植物であるが、この種はいずれもアルカロイドを含み毒草である。
 バイケイソウの毒の成分は、ジェルビン、ヴェラトラミンであり、植物全体に含まれるが、特に根茎や根が多く含む。口にすると、ひどい下痢、吐き気を引き起こし、重症の場合は、血圧降下、呼吸減少、手足のしびれ、痙攣、虚脱状態、意識不明などを引き起こして死に至る。粘膜を強く刺激する作用を持つため、乾燥させた粉末を鼻から吸い込むと、くしゃみが止まらなくなるとされる。ジェルビンやヴェラトラミンは、熱を加えても毒素が消えない。
3.3.10.24 ストリキノス・トキシフェラ
 ストリキノス・トキシフェラは、植物全体に細かい産毛が密生し、白く短いストローの先に花弁がついたような花を咲かせる、ツル性低木。ベネズエラのオリノコ河流域からギアナにかけて自生する。コンドデンドロン・トメントスムとともに、矢毒の材料として使用される。ガーデニング用として扱われておらず、国内に自生していないので、国内での入手はできない。
 ストリキノス・トキシフェラの毒の成分は、トキシフェリンなどであり、矢毒の製法から樹皮や根に含まれると思われる。筋肉を弛緩させる作用を持つが、後述するツボクラリンの研究が盛んであり、トキシフェリンの効果は不明。
3.3.10.25 コンドデンドロン・トメントスム
 コンドデンドロン・トメントスムは、ハート型の葉を持ち、6枚の花弁を持つ白い花を咲かせた後にブドウのような紫色の実をつける、ツル性低木。ペルーやブラジルに自生する。ストリキノス・トキシフェラとともに、矢毒の材料として使用される。ガーデニング用として扱われておらず、国内に自生していないので、国内での入手はできない。
 コンドデンドロン・トメントスムの毒の成分は、ツボクラリンなどであり、矢毒の製法から樹皮や根に含まれると思われる。ツボクラリンを摂取すると、筋肉が弛緩し、意識が残った状態で呼吸麻痺によって死に至る。ツボクラリンの致死量は0.3~20mg。ただし、血管から摂取した場合のみ中毒症状を引き起こし、経口で摂取した場合は無毒である。
 同じ作用を持つ薬品に、塩化スキサメトニウムがあり、麻痺が終わると体内で急速に分解され、無毒なコハク酸とコリンに分解される。致死量は筋肉注射の場合20mg、静脈注射の場合10mg。
3.3.10.26 マンドレーク
 マンドレークは別名をマンドラゴラとも言い、根が人間の足のように真ん中あたりで裂けている、ナス科の多年草。ヨーロッパの地中海沿岸地方に自生する。その特徴から、様々な神話や伝説や信仰を持つ。ガーデニング用として扱われておらず、国内に自生していないので、国内での入手はできない。
 マンドレークの毒の成分は、スコポラミン、アトロピン、ヒヨスチアミンであり、主に根に含まれる。スコポラミンは粘膜や皮膚を通して急速に吸収され、摂取すると、瞳孔散大、幻聴、頭痛、めまいを引き起こし、大量に摂取した場合は、意識喪失、呼吸困難などを引き起こして死に至る。致死量は8~10mgと言われている。アトロピンも粘膜や皮膚を通して急速に吸収され、摂取すると、口の渇き、瞳孔散大、興奮、錯乱、幻覚、発熱、痙攣などを引き起こして死に至る。致死量は100mg。ヒヨスチアミンを摂取すると、顔面潮紅、瞳孔散大、不安、躁狂性興奮、錯乱、幻覚、呼吸障害などを引き起こす。
3.3.10.27 コマクサ
 コマクサは、粉白色をおびた葉を持ち、2枚の萼片と4枚の花弁を持つ馬顔型の紅紫色の花を咲かせる、5~10cmくらいの小型の植物。北海道から本州中北部の高山の砂礫に自生しているが、特別保護植物に指定されているため採取できない。園芸用として人工的に繁殖させた株が販売されていることがある。
 コマクサの毒の成分は、ジセントリン、プロトピンなどであり、植物全体に含まれる。ジセントリンには、少量なら麻酔作用、中等量ならてんかん様痙攣、多量なら呼吸中枢や血管中枢の麻痺を引き起こす。口にすると、酒に酔ったように眠くなり、体温低下、呼吸麻痺、心臓麻痺を引き起こして死に至る。
3.3.10.28 毒キノコ
 強い毒性を持つ毒キノコが日本に自生しているが、食用のキノコを毒キノコと間違えて誤食して中毒を起こす事件が多いように、毒キノコを食用のキノコと間違える可能性も大いにある。ここでは名前を挙げるにとどめる。
 ドクツルタケは、猛毒を持つテングタケ科の中でも特に毒性が高い。食後6~12時間でコレラ症状を引き起こし、腹痛、嘔吐、下痢の後、脱水症状、痙攣、昏睡状態におちいる。致命率は70%。
 コレラタケは、ドクツルタケと同じようにコレラ症状を引き起こし、致命率は50%。
 ニセクロハツは、ドクツルタケと同じようにコレラ症状を引き起こし、食すると軽い嘔吐、下痢、言語不明、心臓衰弱、意識不明におちいる。致命率は50%。

3.3.11 サリン

 イソプロピルジメチルスルホノフルオライド。ジャガイモ害虫の殺虫剤をもとにナチス・ドイツが開発した有機リン系の神経ガス。生産コストに対して殺傷力が高く、貧者の核爆弾と呼ばれる。
 経口や皮膚から吸収されると、数秒のうちに筋肉の弛緩に必要な酵素を破壊し、体中のあらゆる筋肉が痙攣し、吐き気、胸部の圧迫、嘔吐、腹痛、下痢などを起こす。瞳孔が縮小して目に痛みを感じるほか、よだれを流したり、呼吸困難や全身痙攣を起こす。やがて、ひきつけから昏睡し、最後には死亡する。経口致死量は0.65mgで、皮膚から吸収した場合の致死量は約2mg。

3.3.12 ダイオキシン

 フッ素を含有するジベンゾダイオキシン。除草剤の245Tに含まれており、ベトナム戦争でアメリカ軍が使用したエージェントオレンジに薬剤として使用されていた。
 致死量は20万分の1mg。奇形、肝臓がん、神経障害、腎臓障害、目の病気を継代的に引き起こす。エージェントオレンジを浴びた約150万人のベトナム人のうち1/6が死亡し、奇形を誘発した。また、化学工場の事故で空中にばらまかれた2kgのダイオキシンによって、4万頭の大型家畜が死亡した。解毒剤がなく、土中で分解されるまでに15年以上かかる。