4 殺人と警察

4.6 取調べ

 取調べとは、事件の捜査のために被疑者や被害者、目撃者、事件関係者などから供述を得る手続きのことを言い、被疑者調べと参考人調べに分けることができる。
 刑事司法制度においては、起訴や裁判において被疑者の自白が条件とされることはないが、実際問題として自白の持っている影響力は少なくなく、捜査官は被疑者に対する取調べの最大の目標は自白を得ることだと考えている。なぜなら、第一に事件の真相を知るのは被疑者だけであり、どんなに証拠価値の高い証拠物(例えば凶器)があっても、被疑者がそれを使って被害者を傷つけた旨の供述があって、初めてその証拠物と犯行とのつながりが明確になるのであり、証拠物だけでは犯行との結びつきを完全に証明することが困難な場合があるからである。また、刑事法にある「故意」「目的」「共謀」などの主観的要素は、被疑者の供述がなければ立証が困難である。第二に被疑者が自白した場合は、調書が証拠として用いられるため、被害者や目撃者が法廷で被害状況に関する証言をする必要性がなくなり負担を減らすことができるからである。

4.6.1 法的根拠

 取調べは刑事訴訟法で規定されており、「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者(以外の者)の出頭を求め、これを取り調べることができる。」としている。呼び出し方法には「任意出頭」と「任意同行」がある。任意出頭は、電話や呼出状によって、日時、場所、用件等を伝達し、警察署に呼び出す方法である。任意同行はさらに「刑事訴訟法上の任意同行」と「警察官職務執行法の任意同行」があり、刑事訴訟法上の任意同行は、捜査官が被疑者の自宅等を訪問し、警察署への同行を求める方法である。警察官職務執行法の任意同行は、職務質問時に、その場で質問することが不審者によって不利な場合や交通妨害になる場合に、警察署への同行を求める方法である。いずれも、同行や同行後の退去が拒否できないような、実質的な逮捕に相当する行使は違法である。取調べの内容も同じく規定されており、「捜査官がその相手方に対して問いを発し、それに対する答えを求め、又は、相手方の説明を求めることであり、いわゆる供述証拠の収集のことである。」としている。
 刑事訴訟法において「被疑者は、逮捕又は拘留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。」と定められており、在宅の被疑者は取調べを拒否できる旨が明記されているが、一方で逮捕・拘留されている被疑者は取調べを受任する義務があるというのが通説である。また、他事件で逮捕・拘留されている場合でも、取調べを受任する義務があるというのが通説である。
 憲法において「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」と規定されており、刑事訴訟法もそれに従い「取調べに際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない。」としている。法廷においても同様である。なお本告知は、逮捕された被疑者や、参考人を取り調べる際は必ずしも必要ないとされる(実務的には行われることが多い)。また、被疑事実ごとに告知する必要はなく、第1回目の取調べの初めに告知すれば以降は不要とされる。自首や職務質問の場合には告知は不要である。氏名は「不利益な供述」に含まれない。指紋採取を拒む被疑者に対しては、身体検査令状なしに強制的に指紋の採取が可能である。
 刑事訴訟法において、供述調書を録取した際は「これを被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。」としている。また、被疑者が誤りのないことを申し立てた際は、捜査官は調書への署名押印を求めることができるが、強制はできないとしている。署名押印のない供述調書は原則として裁判の証拠にならない。

 「被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則」の施行により、取調べの監督が義務付けられている。監督担当者は取調べ室外部から状況を確認したり、取調べの苦情の申出を受理し、不適正な取調べにつながるおそれがある次の「監督対象行為」があれば、取調べを中止するよう要求することができる。

  • やむを得ない場合を除き、身体に接触すること。
  • 直接又は間接に有形力を行使すること(上記のものを除く。)。
  • 殊更に不安を覚えさせ、又は困惑させるような言動をすること。
  • 一定の姿勢又は動作をとるよう不当に要求すること。
  • 便宜を供与し、又は供与することを申し出、若しくは約束すること。
  • 人の尊厳を著しく害するような言動をすること。
  • 次の場合に、警察本部長又は警察署長の事前の承認を受けないこと(みなし監督対象行為)。
    • 午後10時から翌日の午前5時までの間に被疑者取調べを行うとき。
    • 一日につき8時間を超えて被疑者取調べを行うとき。
 監督対象行為に、怒鳴る行為は含まれておらず、被疑者が挑発的な態度や侮辱するような態度をとった場合は問題ないとされている。
 刑事訴訟法において、取調べの録音・録画制度(記録媒体の証拠調請求義務と録音録画義務)が導入された。これは取調べの様子が誰かに見られることを意味し、取調べを受ける側に対するブレーキとして働くと考えられている。ただし、機器の故障により記録できなかった場合や、供述状況が明らかになると被疑者や親族に被害が及ぶおそれがある場合は録音・録画の対象外とされている。

4.6.2 手段

 取調べの手段や戦略について説明する。
4.6.2.1 取調べ前の準備
 取調べには入念な準備が必要であり、質や量が取調べの成否を決する。捜査によって得た参考人の供述証拠や証拠物等を精査して事件の全貌をつかみ、また、被疑者の性格やその人生経験などを考慮し、どこからどの順序で追及するか、いかなる弁解をするだろうかと色々なパターンを想定し、それに対してどの証拠でどのような角度から切り崩していくかを熟考してから取調べに臨む。この際、被疑者側の弱点になる証拠は、有効に生かせるタイミングを検討しておく。被疑者の親族や恩師、友人を取調官自ら取調べすることがあり、そこで得た被疑者の成育歴は、被疑者の心を開く大きな鍵として扱われる。
 殺人や強盗殺人等の凶悪重大事件の取調べでは、取調官は被害を広げないため、また被害者や遺族に危険が及ばないように適正な処罰を与えるため万全を尽くすと共に、冤罪によって無罪の者に重い処罰を与える可能性があるプレッシャーと戦うことになる。このため、現場への臨場、検死の実施結果の把握、司法解剖への立ち合いを行い、心証形成のためにも関係者の供述内容や証拠関係を全て把握しておくことが必須とされる。また、関連性が疑われる近隣地域の未検挙重要事件の把握も必要とされる。
 業務上過失致死傷や過失運転致死傷の対象となる過失犯の取調べでは、注意義務が守られていたかを立証する必要がある。すなわち、事故が発生した場合においては、その事故が予見可能なものであり、予見すべきであったのか、そして回避可能なものであったのか、さらに回避しなければならなかったのかという観点から取調べは行われる。自動車事故以外の特殊過失事犯では、複数の被疑者の関与が認められることも多く、個別に注意義務の内容を確定することが求められる。また、過失内容が被疑者間において独立しているのか、重畳的で共同正犯なのかが検討される。
4.6.2.2 取調べの実施
 被疑者は自尊心や虚栄心によって、より上位階級の者や、より年長の者に対して自供する傾向が強いため、それを踏まえた取調官を選ぶことが効果的だとされる。少なくとも、上級者が調べた後で下級者に引き継ぐことは悪手とされる。供述は聞き手が少ないほど捗るとされ、立会人を置くとしても、事件に精通し取調官と気心の通じた、取調べを円滑に進行できる者を置く。立会人はみだりに口を挟まず、被疑者の供述内容に応じて裏付け捜査を迅速に行うことが望まれる。
 取調官は、被疑者が供述しやすい雰囲気を醸成し、その中で信頼関係(ラポール)を形成することを目指す。自白には、取調官と被疑者の間になんらかの人間関係が醸成し、被疑者のことをどれだけ思いやっているかという取調官の気持ちが伝わり、「この人なら自分を正しく評価してくれる。自分のすべてを託したい。」と思わせることが必要とされるからである。身上、経歴、趣味など、被疑者が話しやすい事柄から聞いていくなどして、被疑者の方から話したい気持ちにさせる雰囲気に持っていく。残された家族など、被疑者が気にしている存在を気遣ったり、義理人情に訴えた話題で情動を誘うことも行われる。一方で、ウソをつき通せる相手ではないと思わせるため、取調官は甘く見られることを嫌う。
 取調べでは、犯行当日や犯行中の事象だけ聴取するのではなく、まず素行や境遇などの日常的な聴取から始め、時間的な流れに沿って犯行前から次第に犯行当時に及び、被疑事実の解明へ向かう。記憶をたどりやすい順序で、要点ごとに区切りをつけて、事件の原因、動機、準備行為などを問いかける。質問がわきへ外れたり、同席者が質問を挿入することは、被疑者の集中を阻害するため禁物とされている。質問で刺激的表現を用いるのは避け、殺人などの表現は「殺した」ではなく「間違いを起こした」などと間接的な表現に代える。また、「昨夜、犯行現場に行かなかったか?」と尋ねる代わりに、目撃情報を得ているように「昨夜、犯行現場に行ったのは、何のためだったんだね?」と尋ね、心理的な動揺を誘う。同様に有力な証拠の保持を暗示して、自信のある態度を示すことが行われる。後に誘導尋問にかかったと指摘されないように、被疑者が否認している場合は証拠品を提示しない。
 発問には、どのような言い方でも答えることができるオープン・クエスチョンと、イエスかノーでしか答えられないクローズド・クエスチョンがある。オープン・クエスチョンは自発的な供述を狙うもので、長所としては、取調官が気付いていなかった事実や証拠を得られる可能性があり、質問が喚起した暗示によって不正確な供述の生じる恐れがない特徴がある。短所としては、供述が恣意的に展開され重要な事項が欠落し、被疑者の望まないことが容易に秘匿できる特徴がある。一方、クローズド・クエスチョンは能率的な長所を持つが、取調官の望む答えを被疑者に暗示しながら問いかける誘導尋問に陥りやすい短所がある。これらを使い分け、相手方がその場の雰囲気で答えやすい発問を選んで、相手方との呼吸を合わせて聞いていく。
 被疑者は取り調べの際に、刑罰の回避や体面の維持、身辺にかかる迷惑への配慮などから、否認または自身の有利を弁解することがある。さらに、捜査側に有力な証拠がないと判断されると、否認で押し通そうとしたり、狡猾な場合は捜査側の手続きや検証の不完全なところを看破し、それを根拠として犯罪行為全体の否認を試みる。否認には、犯罪行為を全面的に否認する場合と、外見的事実については認めるものの犯意や不可避性(正当防衛や心神喪失)について否認する場合がある。否認する被疑者は、取調官が供述を信用していると見て取ると、油断して饒舌になり矛盾や錯誤を暴露することがあるので、否認の理由を詳細に聴取することが有効だとされる。弁解もせず黙秘を続ける被疑者に対しては、何度でも同じ言葉を繰り返すことが有効だとされている。喋らずとも被疑者は取調官の言うことを聞いており、内心様々に葛藤しているからである。

 インボーとリードが出版した『尋問の技術と自白』が多くの捜査官の取調べのバイブルであった。彼らのテクニックでは、最大化と最小化という二つのカテゴリーを巧みに組み合わせて自供させる。ただし、やっていない犯罪について虚偽の自白をしてしまうケースを増加させてしまうという弱点がある。特に、被誘導性が高い被疑者、自尊心が低い被疑者、知的障害がある被疑者では危険性が大きい。

  1. 最大化
  2.  捜査官が被疑者に対して罪の深刻さや責任の重大さを誇張して伝達し、自白をするように威嚇する方法。
  3. 最小化
  4.  そのような犯罪は誰でもやることがあると言ったり、過度に共感したり、罪の深刻さや責任の大きさを過小評価させたりして、自白を促す方法。

 現在の取調べでは、共感的アプローチと事実分析的アプローチという二つの戦略を組み合わせている。

  1. 共感的アプローチ
  2.  取調官が被疑者を人間として理解し、共感し、信頼しうる理解者として取り調べに当たること。「警察官 対 被疑者」という立場ではなく「人間 対 人間」という立場であたり、被疑者の不安を取り除いていく。ただし、虚偽の自白を生じさせてしまう危険性があるとされる。
  3. 事実分析的アプローチ
  4.  捜査側が持っている客観的な証拠を呈示したり、供述の矛盾について冷静に質問して、最終的には自白に導いていくという方法。被疑者にとって不利な証拠を捜査側が持っており、もはや言い逃れはできないと思わせる。ただし、取調官が多くの証拠とその関連性を理解する必要があり、被疑者の挑発に乗って感情的な取調べにならないようにすることが重要。また、自白後の信頼性を担保するために、情報を使い切らずに犯人しか知り得ないような情報を残しておく必要がある。

 具体的な取調べの進行は、次のような流れになる。

  1. 机を隔てて取調官と被疑者が向かい合い、相手の言動が十分に判別できる位置関係で行う。
  2. 心理的緊張を解くため、暑さ・寒さ・体の調子などを簡単なあいさつ言葉で聞き、相手を気遣った後、「自己の意思に反して供述する必要がない(拒否権)」の趣旨を、話し言葉で伝える。
  3. 氏名、生年月日、年齢、職業、本籍、住居、出生地、学歴、職歴、家族、境遇、交友、趣味、嗜好などについて尋ね、被疑者の素行や性格を見定める。
  4. 犯行の動機、犯意の発生時期と内容、犯行準備行為の有無、共犯者の有無、犯行時の状況、犯行後の行動、犯行後の心理などについて尋ね、被疑事実関係を明らかにする。
  5. 取調べの必要事項が明確になったら、被害届や参考人の供述、証拠などと照合・補正して取調べは終了する。
  6. 被疑者が否認を続ける場合は、証拠を提示して自白を勧告した後、不審点や矛盾点について弁解させ録取する。

 被疑者が虚偽のアリバイ主張を行ったことにより、犯行時刻に犯行現場にいたことを間接証拠で推認されてしまったケースがある。取調べで被疑者の話したことがウソであった場合、それをもって裁判時に不利益判断の材料とされることが許容されている。また、被疑者が犯人でなければアリバイに関する信用し得る供述をするだろう状況で、あえて虚偽のアリバイ供述をした場合には、被疑者が犯行現場にいたことを疑うのは合理的だとされている。被疑者の人格が几帳面であるにもかかわらず、アリバイに関する供述が、極めてあいまいで、矛盾した供述や変更した供述を行っている場合、極めて不自然で、供述は虚偽であると判断され、犯行時刻に犯行現場にいたことを隠していることは明らかだ、というものである。
4.6.2.3 自白後の対応
 被疑者が自白する際も、具体性や迫真性を伴っており、動機や犯行態様に不自然なところがないか、供述の吟味を慎重に繰り返す必要がある。供述を変遷させたうえで自白する者や、自白した後にその供述を変遷させる者もいるので、変遷の理由をきちんと詰めておき、合理的に説明できるものかどうかの吟味も行う必要がある。自白したものの、その後の公判で弁解が蘇ってくることもあるが、時間の経過によって捜査が難しくなることもあるので、一度出た弁解はその都度裏付捜査で潰しておく。取調べで出てきた消極証拠についても、公判で役に立つことがあるので、事件の立証に関係ないことを証明すべきとされている。
 また、虚偽の自白や否認などで協力に抵抗していた被疑者が真実の自白をする決心がついた時は、精神の極度の緊張・興奮による各種生理現象を生じ、饒舌だったものは口数が少なくなり、正面を向くようになり、この傾向は重大犯であるほど著しいとされる。自白後は緊張が緩解し、安堵感を見せ、食欲や睡眠が回復し、取調官に親近感を示す。
 共犯事件の取調べを行う場合、長期間に及ぶ取調べによって、取調官も被疑者に情が移ったり、自身の取調べ結果に対する自信などから、他の共犯者の供述内容との間に食い違いがある場合に、自分の被疑者こそが本当のことを言っていて、他の被疑者がみなウソを言っているのだと思い込む傾向があるとされる。

4.6.3 殺意の認定

 殺人事件においては、「殺意があったか」が判決に大きな影響を及ぼす。率直な殺意に関する自白が得られればそれに越したことはないが、真実を供述しない被疑者や公判廷で一転して否認する被告人もいるので、次の5つの観点から間接事実の証拠収集が行われる。
4.6.3.1 行為態様

 被害者の身体のどの部位に、どの程度の創傷を、どのような凶器を使用して、どのような方法で負わせたか、を行為態様と呼び、殺意があったことを直接的に推認させる重要な間接事実とされる。

  1. 創傷の部位
     被害者の身体のどの部分に攻撃が加えられたか。身体の枢要部である、頭部、顔面、頸部、胸部、腹部に対する攻撃は重要な間接事実とされる。四肢に対する攻撃は殺意を否定する方向に働くが、大腿部を拳銃で撃つなど、出血やショック等により死に至る危険性の高い行為は殺意が認められると考えられる。死体がバラバラに解体され、攻撃した部位が明らかではない場合でも、大量の血痕があれば枢要部に攻撃したと判断することがある。
  2. 創傷の程度
     被害者に与えられた創傷の深さや個数。創傷が深ければ殺意が認定される方向に働き、個数が多ければ殺意が認定される方向に働く。致命傷ではない複数の傷を与えたケースでは、枢要部付近に深い傷が集中しており、特に力を入れて刺したことが推認され、殺意が認定されたことがある。
  3. 凶器の種類
     刃物や拳銃を使用すれば殺意が認定される方向に働く。刃物の刃体や刃渡りが、十分な殺傷をできないくらいに短い場合は殺意が否定される方向に働く。木刀や金属バット、こん棒、石等の本来の目的が凶器ではないものであっても、行為態様によっては殺意が認められる。
  4. 凶器の用法
     用いた際の被疑者の力の入れ具合、利き手を使ったか、凶器としての効用を発揮するような使い方か、使用回数、相手の隙を狙って使ったか、相手の抵抗状況、相手との距離の長短等から総合的に判断する。投げつけた出刃包丁が被害者の後頭部に命中して死亡させたケースでは、追いかけて至近距離で刺すのが通常であるため、殺害方法が不確実とされ、殺意を否定する方向に働いた。
4.6.3.2 犯行の動機
 怨恨など、被害者を殺害しようという強い動機がある場合、殺意は認定される方向に働く。動機については間接証拠による推認が難しく、取調べでの供述が重要とされる。実例としては、被害者から顔面を殴打され強い怒りを抱いていた、被害者に強い嫉妬心と敵対心を抱いていた、などがある。仲の良い家族であれば、被害者に対して一時的な憤激があったとしても、殺意を持つに至るような動機の形成過程は無いとされる。
4.6.3.3 犯行に至る経緯の中での言動
 被害者を殺害するに至る経緯において、殺害しなければその目的を達することができないなどの間接事実があれば、殺意が認定される方向に働く。例えば、多額の金を入手する必要に迫られた被疑者が強盗を働く場合、被害者を殺害することもやむを得ないとして容認することは十分にあり得て、殺意を認定する方向に働く。暴力団の対立抗争事件において、襲撃計画等を綿密に行い、共犯者から「体に弾を入れなあかん。」などと言われた間接事実があれば、殺意を認定する方向に働く。
4.6.3.4 犯行時の言動
 被疑者が犯行時に「殺してやる。」などと怒鳴っていれば、その言動から殺意を認定できる場合がある。ただし、単なる激昂の表現である可能性もある。実例として、「ぶっ殺してやる。」などと怒鳴ったことに関して、被疑者の日頃の言動に照らし単に強がりで述べた可能性があり、殺意を有していた根拠とするには足りないとされた。
4.6.3.5 犯行後の言動
 死にそうな被害者を放置するなど、被疑者の犯行後の言動のうちに、殺害結果を容認する意図に基づくものがあれば、殺意を認定する方向に働く。一方で、救護措置を採ったとしても、殺害行為に及んだ際には被害者の死亡を容認していた可能性があり、殺意の認定を妨げる要因にはならない。例えば、犯行直後に取り押さえられた際に「俺だけやられっぱなしでいいのか。」などと言ったり、被害者の顔に衣服を掛けただけで立ち去ったら、被害者の死亡を容認することを意味する。歩いて逃げ出した被害者の後をついていくだけで、それ以上の行動を行わなかったケースでは、殺意を否定する方向に働いた。

4.6.4 自白の証拠能力

 自白とは、被疑者が自己の犯罪事実を肯定する意思表示をし、刑事上の責任を認めることである。自白があっても、それによって裁判で有罪が確定するとは限らない。自白の証拠能力が認められるためには、任意性、信用性、補強証拠が必要である。

 自白を行う動機には、次のものがある。

  1. 悔悟、償い
  2. 宗教的な贖罪意識
  3. 愛情、同情、人情へのほだされ
  4. 責任感、倫理観念への目覚め
  5. 別の大きな犯罪を秘匿するための打算
  6. 関係者の自白や有力証拠によって観念した
 逮捕直後の自白では、興奮、悔悛、挫折感など平常を欠いた心理状態の混乱から、容易に真実を述べることが多いとされる。しかし、日時が経過するにつれて被疑者は平静を取り戻し、利害を打算して逮捕時の自白内容を取り消そうとする。
4.6.4.1 任意性
 既に法的根拠で述べたように、任意性のない自白に証拠能力は認められない。被疑者が取調べにおいて自分の犯行を後悔して自白しても、公判で突然否認に転じるケースは稀ではないため、この任意性の担保が必要とされる。なお、録音・録画が行われている場合は、任意性は自ずと明らかになる。

 任意性に疑いがあるとされた事例として、警察が暴行を加えたケース、手錠をしたままの取調べて自白を得たケース(腰縄の場合は問題ない)、ある人物を取り調べることを示唆して脅迫的な言動をしたケース、逃走の恐れがない被疑者を長期間拘留したケース、切り違い尋問により虚偽の自白を誘発したケース、取調官の起訴猶予にする約束や他の事件を送致しない約束の下で自白したケースがある。黙秘権や弁護人選任権の不告知が任意性に対する影響は、どちらのケースもあり不確定である。問題のない取調べが行われたうえで、任意性について争われる場合、5つのパターンがある。

  1. 身体の調子が良くなく、拘留が長期にわたり、連日深夜ほとんど間断なく取調べが続けられたので、精根尽き果てて事実に反した供述をさせられた。
  2. どんなに真実を述べても、頭からそんなことはないと一点張りで取り上げてもらえず、時に怒号や罵声をあびせられたので、いずれ法廷で真実を話せばわかってもらえると思い、その場逃れに虚偽の供述をした。
  3. 自白すれば釈放して不起訴にしてやると言われ(またはほのめかされ)、すでに疲労困憊だったために取調官に迎合し、ありもしない架空の事実を述べた。
  4. 誰々がこう言っていると言われ、自分としては身に覚えがなかったが、いくらそのことを言っても聞き入れてもらえず、もうどうにでもなれといった捨て鉢な気持ちから、誰々がそう言っているのならそうでしょうなどと言ったところ、私がすべて承知の上でやったような調書を作成された。
  5. 取調官の機嫌を損ねては不利だと思い、言われるままに、はいそうですと言っていたら、事実と全く違う調書を勝手に作られた。
 このため、取調官はそういった懸念がなかったことを確認的に録取したり、自白に至った心境などを、取調べに関する上申書に書かせたり、取り調べの際の状況をメモした書面を作成するなどして、保険にする可能性がある。
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4.6.4.2 信用性

 裁判において自白がありながら無罪判決が出される場合、主に自白の信用性が低いことが考えられる。信用性のない自白は、次のような場合に発生する。

  1. 意図的な虚偽の供述
     前科が多い場合に、どうせ刑務所に戻ることに違いはないのだからと、自分がやっていない犯罪を認めることがある。
     後にアリバイが成立するような事実を隠しておき、それと異なった自白調書を作成させることで、後の公判で否認し無罪を獲得する戦略。
  2. 不十分な自白
     被疑者は自白の際に、少しでも刑を軽くしようとウソをつくことが多く、法廷でその虚偽の部分が大きく取り上げられた場合、自白全体が信用できないとされる恐れがある。
  3. 正直に供述しようとするものの、思い違いをしている自白
     罪悪感が薄く、さほど深く思い出さずに適当に供述したり、単純に思い違いをしている場合がある。後の公判で真実と異なる部分の混じった供述調書であることが分かると、信用性が低いと評価される。
  4. 取調官側に思い込みがあり、供述が不正確になってしまう自白
     取調官側に事件についての勝手なイメージ(先入観)が作られてしまい、自白を始めた被疑者もイメージに対して強く反対せず、結果的に事実と異なる供述調書になってしまうことがある。
  5. 取調官の供述調書の作成が不正確で、供述が正確に録取できていない自白
     供述調書は被疑者が自白で話した内容をそのまま録取するのではなく、要約したり適切な言い回しにしてから録取する。その過程において、取調官が不十分な聞き方をして供述内容が正確に録取できない場合がある。被疑者も、大筋は合っているのでいちいち文句をつけたくないと思って訂正しない。法廷でこのようなミスが足を引っ張ることがある。
 逆に、自白の信用性を高めるために、秘密の暴露(あらかじめ捜査官の知り得なかった事項で、捜査によって客観的事実であると確認されたもの)が求められる。ただし、裁判所が「あらかじめ捜査官が知り得たはず」と判断すると秘密の暴露にはならないため、捜査官が知り得ないことの立証も必要になる。実例としては、犯行に使用された凶器や道具、死体を埋めるためのスコップを隠した場所、死体遺棄場所やその状態、強盗殺人後に強取した車両の利用状況、被告人が運転時に目撃した車両の情報、放火現場の捜査前に供述された出火部や出火原因、共犯者の動機、道具の購入先・購入時期・数量・価格、捜査機関側の誤った事実関係の認識を明らかにする真実の事実関係、がある。逆に、容易に連想される秘密性のない情報、他の被害者に行われていたのと同様の殺害方法に関する供述、客観的証拠の裏付けがない刺殺位置や店舗での購入履歴、犯罪行為と直接の関係がない帰宅途中に段差でつまづいた情報、は秘密の暴露に当たらないとされた。また、1年以上経過した後に供述した殺害現場の様相は、被告人が現場の様子を関係者から聞いて知っていても不自然ではないので秘密の暴露に当たらないとされた。
4.6.4.3 増強証拠
 既に法的根拠で述べたように、自己に不利益な自白は、それだけでは証拠にはならず、補強証拠が必要である。補強証拠には、共犯者の自白を始め、証拠能力と証明力を持つあらゆる直接証拠や間接証拠を用いることができる。犯罪の全部または重要な部分に関する証拠である必要はなく、自白の真実性を担保できる程度が必要とされている。