4 殺人と警察
4.6 取調べ
4.6.1 法的根拠
「被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則」の施行により、取調べの監督が義務付けられている。監督担当者は取調べ室外部から状況を確認したり、取調べの苦情の申出を受理し、不適正な取調べにつながるおそれがある次の「監督対象行為」があれば、取調べを中止するよう要求することができる。
- やむを得ない場合を除き、身体に接触すること。
- 直接又は間接に有形力を行使すること(上記のものを除く。)。
- 殊更に不安を覚えさせ、又は困惑させるような言動をすること。
- 一定の姿勢又は動作をとるよう不当に要求すること。
- 便宜を供与し、又は供与することを申し出、若しくは約束すること。
- 人の尊厳を著しく害するような言動をすること。
- 次の場合に、警察本部長又は警察署長の事前の承認を受けないこと(みなし監督対象行為)。
- 午後10時から翌日の午前5時までの間に被疑者取調べを行うとき。
- 一日につき8時間を超えて被疑者取調べを行うとき。
4.6.2 手段
4.6.2.1 取調べ前の準備
4.6.2.2 取調べの実施
インボーとリードが出版した『尋問の技術と自白』が多くの捜査官の取調べのバイブルであった。彼らのテクニックでは、最大化と最小化という二つのカテゴリーを巧みに組み合わせて自供させる。ただし、やっていない犯罪について虚偽の自白をしてしまうケースを増加させてしまうという弱点がある。特に、被誘導性が高い被疑者、自尊心が低い被疑者、知的障害がある被疑者では危険性が大きい。
- 最大化
- 最小化
- 共感的アプローチ
- 事実分析的アプローチ
- 机を隔てて取調官と被疑者が向かい合い、相手の言動が十分に判別できる位置関係で行う。
- 心理的緊張を解くため、暑さ・寒さ・体の調子などを簡単なあいさつ言葉で聞き、相手を気遣った後、「自己の意思に反して供述する必要がない(拒否権)」の趣旨を、話し言葉で伝える。
- 氏名、生年月日、年齢、職業、本籍、住居、出生地、学歴、職歴、家族、境遇、交友、趣味、嗜好などについて尋ね、被疑者の素行や性格を見定める。
- 犯行の動機、犯意の発生時期と内容、犯行準備行為の有無、共犯者の有無、犯行時の状況、犯行後の行動、犯行後の心理などについて尋ね、被疑事実関係を明らかにする。
- 取調べの必要事項が明確になったら、被害届や参考人の供述、証拠などと照合・補正して取調べは終了する。
- 被疑者が否認を続ける場合は、証拠を提示して自白を勧告した後、不審点や矛盾点について弁解させ録取する。
現在の取調べでは、共感的アプローチと事実分析的アプローチという二つの戦略を組み合わせている。
具体的な取調べの進行は、次のような流れになる。
4.6.2.3 自白後の対応
4.6.3 殺意の認定
4.6.3.1 行為態様
被害者の身体のどの部位に、どの程度の創傷を、どのような凶器を使用して、どのような方法で負わせたか、を行為態様と呼び、殺意があったことを直接的に推認させる重要な間接事実とされる。
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創傷の部位被害者の身体のどの部分に攻撃が加えられたか。身体の枢要部である、頭部、顔面、頸部、胸部、腹部に対する攻撃は重要な間接事実とされる。四肢に対する攻撃は殺意を否定する方向に働くが、大腿部を拳銃で撃つなど、出血やショック等により死に至る危険性の高い行為は殺意が認められると考えられる。死体がバラバラに解体され、攻撃した部位が明らかではない場合でも、大量の血痕があれば枢要部に攻撃したと判断することがある。
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創傷の程度被害者に与えられた創傷の深さや個数。創傷が深ければ殺意が認定される方向に働き、個数が多ければ殺意が認定される方向に働く。致命傷ではない複数の傷を与えたケースでは、枢要部付近に深い傷が集中しており、特に力を入れて刺したことが推認され、殺意が認定されたことがある。
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凶器の種類刃物や拳銃を使用すれば殺意が認定される方向に働く。刃物の刃体や刃渡りが、十分な殺傷をできないくらいに短い場合は殺意が否定される方向に働く。木刀や金属バット、こん棒、石等の本来の目的が凶器ではないものであっても、行為態様によっては殺意が認められる。
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凶器の用法用いた際の被疑者の力の入れ具合、利き手を使ったか、凶器としての効用を発揮するような使い方か、使用回数、相手の隙を狙って使ったか、相手の抵抗状況、相手との距離の長短等から総合的に判断する。投げつけた出刃包丁が被害者の後頭部に命中して死亡させたケースでは、追いかけて至近距離で刺すのが通常であるため、殺害方法が不確実とされ、殺意を否定する方向に働いた。
4.6.3.2 犯行の動機
4.6.3.3 犯行に至る経緯の中での言動
4.6.3.4 犯行時の言動
4.6.3.5 犯行後の言動
4.6.4 自白の証拠能力
自白を行う動機には、次のものがある。
- 悔悟、償い
- 宗教的な贖罪意識
- 愛情、同情、人情へのほだされ
- 責任感、倫理観念への目覚め
- 別の大きな犯罪を秘匿するための打算
- 関係者の自白や有力証拠によって観念した
4.6.4.1 任意性
任意性に疑いがあるとされた事例として、警察が暴行を加えたケース、手錠をしたままの取調べて自白を得たケース(腰縄の場合は問題ない)、ある人物を取り調べることを示唆して脅迫的な言動をしたケース、逃走の恐れがない被疑者を長期間拘留したケース、切り違い尋問により虚偽の自白を誘発したケース、取調官の起訴猶予にする約束や他の事件を送致しない約束の下で自白したケースがある。黙秘権や弁護人選任権の不告知が任意性に対する影響は、どちらのケースもあり不確定である。問題のない取調べが行われたうえで、任意性について争われる場合、5つのパターンがある。
- 身体の調子が良くなく、拘留が長期にわたり、連日深夜ほとんど間断なく取調べが続けられたので、精根尽き果てて事実に反した供述をさせられた。
- どんなに真実を述べても、頭からそんなことはないと一点張りで取り上げてもらえず、時に怒号や罵声をあびせられたので、いずれ法廷で真実を話せばわかってもらえると思い、その場逃れに虚偽の供述をした。
- 自白すれば釈放して不起訴にしてやると言われ(またはほのめかされ)、すでに疲労困憊だったために取調官に迎合し、ありもしない架空の事実を述べた。
- 誰々がこう言っていると言われ、自分としては身に覚えがなかったが、いくらそのことを言っても聞き入れてもらえず、もうどうにでもなれといった捨て鉢な気持ちから、誰々がそう言っているのならそうでしょうなどと言ったところ、私がすべて承知の上でやったような調書を作成された。
- 取調官の機嫌を損ねては不利だと思い、言われるままに、はいそうですと言っていたら、事実と全く違う調書を勝手に作られた。
4.6.4.2 信用性
裁判において自白がありながら無罪判決が出される場合、主に自白の信用性が低いことが考えられる。信用性のない自白は、次のような場合に発生する。
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意図的な虚偽の供述前科が多い場合に、どうせ刑務所に戻ることに違いはないのだからと、自分がやっていない犯罪を認めることがある。後にアリバイが成立するような事実を隠しておき、それと異なった自白調書を作成させることで、後の公判で否認し無罪を獲得する戦略。
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不十分な自白被疑者は自白の際に、少しでも刑を軽くしようとウソをつくことが多く、法廷でその虚偽の部分が大きく取り上げられた場合、自白全体が信用できないとされる恐れがある。
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正直に供述しようとするものの、思い違いをしている自白罪悪感が薄く、さほど深く思い出さずに適当に供述したり、単純に思い違いをしている場合がある。後の公判で真実と異なる部分の混じった供述調書であることが分かると、信用性が低いと評価される。
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取調官側に思い込みがあり、供述が不正確になってしまう自白取調官側に事件についての勝手なイメージ(先入観)が作られてしまい、自白を始めた被疑者もイメージに対して強く反対せず、結果的に事実と異なる供述調書になってしまうことがある。
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取調官の供述調書の作成が不正確で、供述が正確に録取できていない自白供述調書は被疑者が自白で話した内容をそのまま録取するのではなく、要約したり適切な言い回しにしてから録取する。その過程において、取調官が不十分な聞き方をして供述内容が正確に録取できない場合がある。被疑者も、大筋は合っているのでいちいち文句をつけたくないと思って訂正しない。法廷でこのようなミスが足を引っ張ることがある。