4 殺人と警察

4.5 法医昆虫学

 遺体に集まっているウジなどの昆虫から、死後経過時間や死体運搬の有無などを推定する手法。
 死体に最初に集まった生物群は体組織を食べて卵を産み付け繁殖し、死体を別の環境へと変化させる。この環境は別の生物群にとって魅力的な環境であり、この生物群が新たに住みつき環境を変化させる。こうしたサイクルを繰り返して白骨死体へと変わっていくが、この過程は生物群の生育サイクルを把握することで予測可能である。また、死体には微生物、菌類、腸内細菌、昆虫、腐食脊椎動物(野犬や野良猫)など、様々な生物の食物源になるが、その85%は昆虫であるため、昆虫に着目して予測することは効果的と考えられる。
 以降の記述は、ハワイの法医昆虫学者の本から抜き出したもののため、日本の環境においては異なってくる部分がある。

4.5.1 同定

 遺体やその周辺から採取した昆虫の種類を調べる作業。ウジの見た目はよく似ていてそのままの状態では同定が困難であるため、恒温器に入れて、見た目の異なる成虫まで育てる。ウジは採取の際、牛の肝臓を与えて生かすと良い。
 解剖顕微鏡または複合顕微鏡を使用し、眼、翅脈、毛や剛毛の数などの構造を調べて種を同定する。同定できた場合も、後の裁判の信頼性を確保するために、代表的な標本を専門家に送ってお墨付きをもらう必要がある。同定が難しい種は、法医昆虫学者でも科のレベルなら同定できるが、属や種のレベルは専門家に依頼する必要がある。

 法医昆虫学者は昆虫や節足動物を4種類の主要なタイプに分類している。それ以外の、たまたま死体の上にいた腐敗分解と何の関係もない節足動物は分析から除外する必要がある。

  1. 死肉食
  2.  直接死肉を食べる種で、ハエと甲虫が該当する。腐敗分解が始まった最初の2週間では、クロバエ類とニクバエ類が死後経過時間の最も正確な指標となる。
  3. 死肉食を捕食したり寄生する種
  4.  捕食性として、ハエ類の卵やウジを捕食する、シデムシ類、ハネカクシ類、エンマムシ類が該当する。特殊な例としては、ミズアブ類は幼虫が捕食性で、ホオジロオビキンバエは腐肉が尽きるとオビキンバエを捕食する。
     寄生性として、アリ類、ハチ類を含む膜翅目が該当する。ウジや蛹に卵を産み付け、幼虫の生きた苗床とする。特定のタイプのハエにのみ寄生する種がおり、分析の手がかりになることがある。
  5. 死体と他の節足動物の両方を捕食する種
  6.  ハチ類、アリ類、一部の甲虫が該当する。雑食性であり、死体と節足動物の両方を継続的に食物源として利用する。死肉食を多く捕食して、時に腐敗分解速度を遅くすることもある。
  7. 死体を生息環境として利用する種
  8.  死体周辺にいる様々な節足動物を捕食する狩りグモ類や、死体から漏れ出した液で生育する生物個体群(ダニ類、トビムシ類、線形動物、環形動物など)が該当する。

4.5.2 分析

 同定した節足動物の種類や採取した場所から、死後経過時間を推定する。
 事前に死肉を使用した実験で、環境による節足動物の種類や生育サイクルを把握しておく必要がある。体重およそ23kgの豚が人間の成人の腐敗分解過程に似ているため、実験動物として用いられる。豚の肉を放置する場所に温湿度計、雨量計を設置し、後に土壌動物相を比較するために土壌サンプルを取得する。十分離れた位置に、体温変化を計測するための豚、体重測定のための豚、節足動物を採取するための豚を設置する。採取した節足動物の成虫は、柔らかい体のものはエチルアルコールに浸け、硬い体のものは乾燥させてピン留めし、採取に関する詳細を添えて標本にする。幼虫は、一方は恒温器に入れ同定に使用し、一方は固定液で標本にする。これらのデータを関連付けることで、分析に利用する。
 分析には、実験地点の気温と犯行現場周辺の気温の違いを考慮することが重要なので、国や私設の気象観測所から入手したり、死体が発見された場所に置いた温湿度計のデータと照らし合わせて統計的に補正する。

 法医昆虫学における腐敗分解は五段階に分類できる。

  1. 新鮮期
  2.  死亡直後から死体が目に見えて膨らむまで。
     死後10分以内にクロバエ類が集まり、血液や分泌物をなめ、ウジの食物源に適していれば開口部に卵を産み付ける。卵は2~18時間で孵化し、ウジが死体の組織を食べ始める。
     クロバエ類と同時かそれより前にニクバエ類が集まり、腹にかかえたウジを、開口部に直接産み落とす。
     捕食者が集まり始め、ハチ類はハエの成虫を捕らえ、アリ類は卵とウジを運び去る。その後、様々な捕食性の甲虫が集まる。
  3. 膨満期
  4.  腹部が膨らむ兆候を見せ始めた時。ウジと体内細菌の代謝作用により、死体の体温は摂氏53℃まで上昇する。
     クロバエ類やニクバエ類に加え、イエバエ類が加わる。膨満期の初めから中ごろにかけて、最も多くの卵とウジが産み落とされる。卵は同時に孵化するため、集結して集塊として摂餌する。死体の体液とウジの生成するアンモニアが混ざり、死体の下の土壌はアルカリ性になり、土壌動物相は大きく変化する。
     エンマムシ科、ハネカクシ科、シデムシ科、カッコウムシ科の甲虫が集まり、死体や節足動物を捕食し、死体に卵を産み付ける。
     これ以降、昆虫は死体と土が接する場所を主たる活動部位とする。
  5. 腐乱期
  6.  死体からガスが抜けてから、乾燥するまで。腐乱期の終わりには、ウジの摂餌が終わることで死体の体温は周囲の温度まで下がり、骨と皮だけになっている。
     腐乱期の初めから中ごろにかけて、ウジの大きな摂餌集団が見られる。腐乱期の終わりには、死体から離れて蛹になり、やがて羽化して死体から去っていく。
     死肉食と捕食性の甲虫が種類と数共に増え、腐乱期の終わりには死体の上の主要な昆虫となる。
  7. 後腐乱期
  8.  乾燥している地域では、死体が乾燥してから。雨林や沼地などの湿った地域では、死体は乾燥していないがその頃から。
     カツオブシムシ科の甲虫の幼虫が現れ、成虫および幼虫が死体上で支配的になる。湿った地域では、乾燥した皮膚と軟骨を食物源とするカツオブシムシ類や、エンマムシ類が現れず、半翅目のマキバサシガメ類やサシガメ類などの昆虫にとって代わる。
     湿った地域では、ハエが長く留まり続け、クロバエ類とニクバエ類の第二世代や第三世代、チョウバエ科などの他のグループのハエが現れる。
     土壌中ではダニ類が種類と数共に増える。
  9. 白骨期
  10.  死体はもとの重さの10%ほどになり、髪と骨しか残っていない。
     死体の上に昆虫は存在しない。
     白骨に接した地面や土の下に、非常に小さい虫が残り続けるが、時間が経過する(地域的な条件により数ヵ月から数年)につれてその土壌中に普段住んでいる種に徐々に置き換わる。
 死体が包まれたり埋められている場合は、ハエの集まるのが遅くなり、腐敗分解は遅れる。
 一部の昆虫は、特定の気候、植生、高度、季節でのみ見られるので、死体遺棄現場にいない昆虫が見つかれば、殺人現場は別の地点であることが分かる。
 昆虫は死体に侵入する際、目、口、鼻、耳などの開口部から侵入し、露出していれば肛門や膣からも侵入する。傷がある場合はそこからも侵入するが、出血のない死後に加えられた傷よりも、出血を伴う、死ぬ前に加えられた傷や死ぬ際に加えられた傷を好む。腐敗分解の初期段階において、本来の開口部以外の部位で昆虫が活動していた場合、死ぬ前に加えられた傷や死ぬ際に加えられた傷である可能性がある。
 犯人に、自宅周辺に生息しておらず死体遺棄現場周辺に生息していたツツガムシの咬み跡があったことから、死体遺棄現場において死体を草で隠そうとした際に咬まれたと主張した例がある。
 至近距離に複数の死体がある場合、昆虫の活動に偏りが見られ、一つの遺体に他の遺体よりも多数の昆虫が集まる。
4.5.2.1 ハエ類
 腐敗分解の初期段階に関係するのは、ハエ下目と呼ばれる、クロバエ類、ニクバエ類、イエバエ類であり、腐乱しつつあるものを食物にする。ウジは軟らかくて水分を含んだ肉しか食べることができないため、死体の乾燥が進むと生育できなくなる。したがって成虫になったハエは、同じ死体に戻ってくることは普通ないが、湿った地域では、ニクバエ類は腐敗分解の進んだ死体に幼虫を産み付ける。
 クロバエ類は、野外に放置された人間の遺体のありかを短時間で突き止めることができる。夏にはフェニキア属のクロバエが最初に集まってくることが多いが、秋にはカリフォラ属など別の属のクロバエに変わる。
 チーズバエ科のハエは、死後数日してから遺体に侵入する。ウジは成長すると、体のばねを利用してジャンプし、死体から離れてから蛹になる。死後36日後くらいまで見られる。
 シリアカイエバエは都市住宅内の腐乱死体でしか見られない。

 ハエには以下の六つの発育段階がある。卵から成虫まで発育するのに、摂氏27℃の環境下において10~27日(日本では5~6日とも)かかる。成虫になってから5~18日(日本では7~10日とも)で繁殖可能になり、成虫になってから17~39日の寿命を持つ。ただし、環境条件によってこれらの時間は変化し、10℃以下や35℃以上の気温になると発育できなくなったり、繁殖できなくなる。

  1.  死体の開口部に塊で産み付けられた卵は10~30時間(日本では24時間とも)で孵化する。
  2. 初齢幼虫
  3.  孵化した最初の段階のウジ。ニクバエ類は初齢幼虫を直接死体の上に産み落とす。11~38時間で脱皮して二齢幼虫になる。日本では、ウジは1mm成長するのに4~5時間かかるとみなす。
  4. 二齢幼虫
  5.  11~22時間で脱皮して三齢幼虫になる。
  6. 三齢幼虫
  7.  前期は集塊を形成し、活発に死体を食べる。20~96時間後で後期(後摂餌期、前蛹期、徘徊期)となり、摂餌を止め、死体から去って乾燥した場所や高い場所へ移動する。40~504時間で蛹になる。
  8.  最初は白から黄色だが、2~3時間で深い赤褐色になる。蛹の中では組織分解して新しい構造を発生させており、4~18日かけて成虫に変わる。
  9. 成虫
  10.  ハエ下目は蛹の前端にある環状の縫い目から殻の外に出る。直後は色が薄く柔らかいが、数時間で成虫の様相に変わる。
 ウジは呼吸のための気門を二対持っており、尾端の後気門は形がはっきりしているため、科あるいは属レベルまで同定することが可能である。
 正確な死後経過時間を求めるために、採取したウジや蛹が人工的な条件下において成虫になるまでの期間を調べ、死体が発見された現場の条件に適合するように補正することが行われる。温度が高いと発育に要する時間は減少するため、時間に摂氏温度を掛けた積算時度(ADH)と積算日度(ADD)に変換し、その総計は変わらないと仮定するアプローチが用いられる。ウジの摂餌集塊が生み出す熱は、生み出されるまでに数日かかることや、ウジが熱死を避けて巡回することから、大きな誤差にはならない。
 かなり強い腐臭を伴わない限り、クロバエ類は海上を渡らない。また、卵が塩水にさらされることで、生育期間は少なくとも24時間以上長くなるとされる。
 焼かれた(二度の火傷)死体は、通常よりも強くハエを誘因し、その後の過程を早める。通常の開口部に加え、皮膚の裂け目も産卵場所にする。
 吊り下げられた死体は、ウジが移動した際に落ちてしまうため、食べられる速度が遅くなる。また、急速に組織が乾燥するため、ハエの産卵期間は短くなる。さらに、カツオブシムシ類も地面に接している部位からしか食べることができず、結果的に死体に肉が残る状況になる。
 死体から柔らかい組織が失われており、薬物を使用した痕跡があり、まだ体表にウジが残っている場合は、ウジの組織から薬物の分析が行われることがある。死体の体組織にコカインなどの薬物が含まれていた場合、ウジは活発に食べるようになり、三齢の後摂餌期に達するまでの生育速度が増加する。
 蛹に対しても、蛹を解剖して殻の内部で発育中のハエの齢を特定したり、殻の色を査定することが行われる。また、耐久性を持つ蛹の殻に含まれる薬物の分析を行うことで、死後何年も経ってから薬物を検出できる可能性がある。
 最後に、日本でのキンバエのウジの発育速度について統計的に調査した研究資料(片山繁次郎)を引用する。
ウジの発育速度
4.5.2.2 甲虫類
 腐敗分解過程の二週間以降は、ハエの指標の有用性は薄れ、すべての節足動物がおりなす遷移パターンが重要になる。ウジを主食にしていた種は姿を消し、甲虫類と幼虫を主食にする種に置き換わる。
 カツオブシムシ類などの甲虫は、ウジが柔らかい組織を取り除いた後に、乾燥した皮膚や軟骨を食べるために集まる。
 オオハネカクシは、クロバエ類やニクバエ類の卵とウジを食べる。
 カッコウムシ類、ホシカムシ類、コガネムシ類、エンマムシ類も死体に集まることがある。
4.5.2.3 アリ・ハチ類
 一部のアリやハチは、死肉食の種に寄生する。
 ウジが食べ終わって乾燥した死体の頭蓋骨内に、アリやハチがコロニーを作ることがある。
 アカカミアリなどは、死体と他の昆虫を捕食する。アシナガキアリのコロニーは、働きアリ以外の翅を持つ繁殖固体を生み出せるようになるまでに12ヵ月かかる。
 スズメバチ類の成虫はハエの成虫を捕食し、死体から出る体液も舐める。死体の腐敗分解の初期段階で活動的。
4.5.2.4 その他の節足動物
 ウデムシ類、コムカデ類も死体に集まることがある。コオロギ類は雑食性のため、まれに死体に集まることがある。
 ハエダニ科などの捕食性のダニはハエの卵や若齢幼虫を餌にする。その他のダニも、腐敗分解の副産物を食べる。
 アメリカミズアブは死後20~30日経過するまで死体に侵入せず、発育には5~7ヵ月かかる。