4 殺人と警察

4.2 捜査心理学

 2章で捜査心理学のうち犯罪者プロファイリングについて記載したが、それ以外の題目を本章で扱う。
 地理的プロファイリングは、地理的な情報を分析するプロファイリングである。おもに連続犯行の地理パターンを用いて、犯人の居住場所を推定したり、次の犯行現場を推定する。虚偽検出は、ウソを見破る方法を開発する研究分野である。動作や表情などの非言語的な手がかりを使用してウソを見破る研究と、何らかの装置を使用してウソを見破る研究がある。
 日本の捜査心理学の中心は警察庁の科学警察研究所であり、特に捜査支援研究室(おもに犯罪者プロファイリング・取り調べ手法)と犯罪予防研究室(おもに地理的プロファイリング)と情報科学第1研究室(ポリグラフ検査)が役割を担っている。また、警視庁および道府県の刑事部には、科学捜査研究所が設置されており、その中には心理学を用いた科学捜査を行うセクションが存在する。科学警察研究所が基礎的な研究を主に行っているのに対して、科学捜査研究所の研究員は、実際の事件を担当し、第一線の捜査官と協力しつつ、直接事件解決に貢献する。

4.2.1 地理的プロファイリング

 地理的な情報をもとにしたプロファイリング手法のことであり、次の目的がある。①連続犯罪の犯行場所から犯人の居住地を推定する。②連続犯罪の犯行場所から次の犯行場所を推定する。③遺体の遺棄現場や証拠品の廃棄現場から犯行場所や犯人の居住地を推測する。
4.2.1.1 犯人の居住地を推定するモデル
 円仮説は、初期の地理的プロファイリングである。連続犯罪の犯行場所を地図上にマッピングしていくと、その最も離れた2点を結ぶ線を直径とする円の中に犯人の居住地(あるいは職場やたまり場などの犯行拠点)がある。距離の離れた2地点で犯行が行われた場合に、想定される円の大きさが大きくなり役に立たない問題がある。
 凸包ポリゴンは円仮説より狭い範囲を予測するモデルである。複数の犯行場所にピンを立て、その外側に輪ゴムをかけたような形の、すべての犯行場所を辺上またはその内側に含むような最小の多角形を作成し、その内側に犯人が住んでいると仮定する。円仮説より大幅に正解率の下がる場合がある。

 犯人の居住地をピンポイントで推定するモデルは、犯人が住んでいる確率のより高い場所を絞り、犯人を探索するための順序付けを可能とする。このうち、円心仮説は円の中心部分に犯人の居住地が存在する確率が高いというモデルで、重心仮説は円の重心部分に犯人の居住地が存在する確率が高いというモデルである。ただし検証してみると、犯人の居住地は円の周辺部分に隣接していることが多く、円心仮説の妥当性はそれほど高くない。また、円仮説に該当するような自宅や職場などの犯行拠点を中心として犯罪を行う拠点型パターンの犯人と、自宅からどこか別の場所に通勤して犯罪を行う通勤型パターンの犯人が存在するため、これらのモデルを使用する前に拠点型の犯人であることを推定する必要がある。衝動的な犯罪は拠点型、ターゲットをあらかじめ決めての犯罪は通勤型と推定されている。さらに詳細に分類した犯人の地理的な行動パターンも提案されている。

  1. 満足型
  2.  最小限の努力で犯罪を遂行するタイプで、警察の取り締まりが少なく被害者が多い地点があれば、そこで集中的に犯罪を行う。円仮説は成り立たない可能性が大きい。
  3. 巡回する消費者型
  4.  一度犯罪を行うと、その地点ではしばらく犯罪を行わず別の地点で犯罪を行うが、しばらくすると元の場所に戻ってきて犯罪を行う。円仮説が成り立つ可能性がある。
  5. 移動途上の小旅行型
  6.  犯行拠点と拠点の間の交通の便を重視し、交通機関のルートに沿った地点で犯罪を行う。円仮説は成り立つ場合も成り立たない場合もある。
  7. キャリア型
  8.  経験を積むにしたがって、犯行に熟練して犯行地点の選択が大胆になる。初期は円仮説が成り立つが、後期は成り立たない。
 拠点近くの一定の範囲では犯行が起こりにくいという現象をコールサック効果、その領域をバッファゾーンと呼ぶ。拠点近くは目撃者や被害者によって目撃された場合にすぐに身元が判明してしまい、警察も被害地点の付近から捜索を始めるために発見されるリスクがある。また、拠点から離れすぎ、慣れない場所で犯罪を行うと逃走やターゲットの選択などに不利であるため、このような現象が発生する。
 地理的プロファイリングには、最低5つの犯行地点が正確に分かることが必要だとされるが、殺人事件では、殺人が行われた場所は分からず、被害者が最後に目撃された場所や、被害者の遺体が遺棄されていた場所しか分からないことが多く、困難である。犯人は一連の犯行の最中に住居を変えないという前提があることも、実際にどの程度当てはまるか分からない。

4.2.2 虚偽検出

 被疑者の取り調べの場面で、捜査官は彼らの話している内容の真偽を判断する必要がある。しかし、現実問題として見た目からウソを見破るのは容易なことではない。犯罪の嫌疑がかけられて取り調べを受けるという場面は激しいストレスと不安を引き起こし、初めから青白い顔をして冷や汗を浮かべている被疑者も少なくない。一方、平然としてすらすらと自分のアリバイを語る犯人や、警察にウソを言って翻弄することに喜びを覚える犯人もいる。そこで、犯罪心理学や社会心理学では身体的な動作や非言語的な反応を手掛かりにして人がウソをついているかを見破るための研究が行われてきた。
4.2.2.1 身体的な手掛かりによる虚偽検出
 ウソをつく場合、人はその注意とコントロールを自分の言葉に集中してしまう。そのため、動作などのコントロールが緩くなり、緊張を示す身体的な動作や不自然な動作が漏れ出してしまう。このような『漏れ』を適切にキャッチすることで、動作からウソを見破ることができるという。「漏れ」を示す動作として、口ごもり、言い間違い、話の速さ、声のピッチの変化、質問から返答までの時間の増加、例示動作(手などで話の内容を動作として示すこと)、表象上の漏洩(肩をすくめるなど無意識的な体の反応)、マニピュレータ(自分の体に触れたりいじったりすること)、発汗、つばの飲み込み、まばたき、顔の表面温度の上昇などがある。しかし多くの実験では、ウソをつくときに一貫して増加したり減少したりするピノキオの鼻のような特徴は見出せず、動作を観察してウソを見破ることは困難とされている。
 一方、認知的な負荷をかけながらウソをつかせた場合、身体的な動作にウソが表れるという実験結果がある。現に熟練した取調官は、難しいことを質問したり予期しないような質問を行って被疑者の反応を調べることがある。実際の殺人犯は取り調べ場面においてウソを見破られやすく、これも認知的な負荷が高まるためだとされている。
 一部の専門家(CIAや臨床心理学者や保安官)がウソを普通の人よりも正確に見分けることができると主張する研究者もいるが、彼らはフォールスポジティブエラー(ウソをついていないのに、ついていると判断してしまう誤り)を発生しやすいことが示されている。そもそも、被疑者に対する取り調べの際に警察官はその人物が犯人であるという前提のもとで取り調べをしやすいので、この状況下でフォールスポジティブエラーを発生しやすいウソ見破りテクニックを使用してしまうと、冤罪の危険性を増加させてしまう。

 本当の感情の表出を抑えたり、他の表情で置き換えたりする「表情の偽装」の見破りは、三つの手がかりから十分可能とされている。

  1. 表情の左右対称性
  2.  真実の表情は顔の左右の表情が対称だが、偽装した表情は左右対称性が崩れる。特に顔の右半分は真実の表情が現れやすい。
  3. 信頼できる筋肉
  4.  表情を偽装する場合、顔面上の特定の筋肉に注意を向けるため、注意がいきにくい、笑顔で言えば額の周辺、泣き顔で言えば口元などは本来の感情が表出される可能性がある。また、「あごの筋肉を動かさずに唇の両端を下げる」ことを意図的にできる人は10%程度しかいないが、悲しみの感情を体験している場合は誰しもが自然とそうなる。
  5. 微表情
  6.  刺激を認知した直後にごく短い時間(約0.25秒)だけ現れる表情。偽装がまだ完成していないので、真実の表情が現れやすい。
4.2.2.2 ポリグラフ検査
 ポリグラフ検査は、心拍や血圧、呼吸、皮膚電気反射などの複数の生理的な指標を測定しながら質問を行い、その反応をもとにして犯人を識別しようとする検査である。ただし、被疑者の生理的な指標は乱れがちであり、ウソをついているか、ついていないかを識別することはできない。そこで、この装置を有効に使用して犯人を識別することができないか、という研究が行われており、CQTとCIT という方法が考案されている。
 CQT(コントロール質問法)は、「あなたは〇〇さんを殺しましたか」のような直接的な質問(関係質問)と、他の質問(無関係質問)との反応の大きさの比較を行うことで、犯人を識別する方法である。アメリカの警察のポリグラフ検査方法として主流である。無関係質問には、今回のポリグラフ検査の対象事件ではないが、非検査者が犯したであろう犯罪についての質問(「あなたは今の会社に入る前に、そこで盗みをしたことがありますか」などで、その場では隠そうとして返答が「いいえ」となるもの)を行い、関係質問の方に情動的な反応を生じることが想定される。また日本の警察では、仮想犯罪質問と呼ばれる、実際には起きていない事件に関する質問(〇〇さんが殺された事件で「あなたは△△さんを殺しましたか」など)も用いられる。非犯人なら同様の情動的な反応が生じるが、犯人は関係質問の方がより情動的な反応を生じることが想定される。正確性については、犯人でない人を犯人と判断するケースが8~12%も生じ、また犯人を犯人でない人と判断する誤りに比べて、犯人でない人を犯人としてしまう危険な誤りが12倍も生じることから、鑑定手法としてはまったく不十分である。

 CIT(隠匿情報検査)は、マスコミなどによって報道されていない事実から質問のセットを用意し、反応の大きさや「はっ」とするような定位反応の比較を行うことで、犯人を識別する方法である。日本の警察のポリグラフ検査方法として最もよく使用されている。質問のセットは例えば、事実が「背中を刺された」であれば、下表のようなものを用意する。ここで、事実である3番を「裁決質問」、それ以外を「非裁決質問」と呼ぶ。

1 犯人が刺したのは、〇〇さんの胸ですか (非裁決質問)
2 犯人が刺したのは、〇〇さんの腹ですか (非裁決質問)
3 犯人が刺したのは、〇〇さんの背中ですか (裁決質問)
4 犯人が刺したのは、〇〇さんの脇腹ですか (非裁決質問)
5 犯人が刺したのは、〇〇さんの首ですか (非裁決質問)
 非犯人なら同様の情動的な反応が生じるが、犯人は裁決質問の方がより情動的な反応が生じることが想定される。ただし、別のことを考えていたり体を動かしたりすることで、偶然ある項目で反応が生じてしまうことがあるので、複数の質問のセットを使用し、一つの質問のセットを最低3回、質問順序を変えながら行うことが必要だとされている。また、上記事実を被検査者が知らないという確認をとってから検査を行う必要がある。正確性については、犯人でない人を犯人としてしまう誤りが0.4%ないし4%と非常に低く、妥当性が極めて高いとされている。ただし、質問のセットが作成できないケースが少なくないという問題がある。
4.2.2.3 中枢神経系の指標を用いた虚偽検出
 ポリグラフ検査は脈波や皮膚電気反射などの末梢神経系の指標を用いるが、本方法は脳波などの中枢神経系の指標により虚偽検出を行う。
 事象関連電位と呼ばれる、反復して刺激を呈示し、その直後の脳波を加算することによって得られる波形を使用する方法がある。3刺激オッドボール課題と呼ばれる、裁決質問と非裁決質問以外にターゲット質問を導入し、ターゲット質問の際は被検査者にボタンを押させる課題が考案されている。非犯人はターゲット質問のみ波形が表れるが、犯人はターゲット質問と裁決質問で波形が表れることが想定される。
 fMRI(磁気共鳴機能画像法)やfNIRS(機能的近赤外線分光装置)を使用し、脳の活動部位から虚偽検出を行う方法も研究されている。