2 殺人の心理

2.1 犯罪心理

 まず、犯罪心理について記載する。犯罪心理学は、犯罪をめぐる人間行動の様々な側面を科学的・実証的に研究していく心理学の一分野である。主に「犯罪原因論」「捜査心理学」「裁判心理学」「矯正・更生保護の心理学」「防犯心理学」「被害者心理学」の下位分野から構成される。
 本資料では、「犯罪原因論」「捜査心理学」「裁判心理学」のみ扱う。

2.1.1 犯罪原因論

 犯罪原因論は、犯罪の原因について明らかにしようとする研究分野である。主に3つのアプローチから研究が行われている。

  1. 生物学的アプローチ
  2.  犯罪行動は遺伝するのか、脳のホルモンや神経伝達物質の異常と犯罪は関係しているのか、犯罪者の脳にはどのような特徴があるのか。
  3. 社会学的アプローチ
  4.  社会・経済的な格差や社会階層、地域特性や友人関係が犯罪とどのように関連しているのか。
  5. 心理学的アプローチ
  6.  性格と犯罪傾向の関連、暴行の関連などの心理学的要因。
2.1.1.1 視点
 犯罪は個人的要因と社会的要因が絡み合って引き起こされると考えられている。まず、これらの視点に関する理論について紹介する。複数の視点から考察することが重要であり、どれが正解というものでもないので、紹介だけして要因へと進む。

2.1.1.1.1 緊張理論
 緊張理論は性善説に基づいており、人は普通犯罪を行わないが、個人が置かれた社会や環境が犯罪に向かわせるとする。緊張理論では、「社会の中で経済的に成功する」目標を目指すが、すべての人が成功する訳ではなく、この矛盾した社会構造が緊張を生み、それが人を犯罪に走らせるという。一般緊張理論では、他者とのネガティブな関係性が緊張を生み、ストレスを対処するためのスキルや資源が乏しい場合に犯罪行動に走るという。

2.1.1.1.2 副次文化理論
 副次文化理論は白紙説に基づいており、人は犯罪ではない行動と同じように犯罪行動を学んだ結果、犯罪を行うとする。分化的接触理論では、親密な私的集団との相互作用の中で、犯罪行動の技術、動機、衝動、合理化、態度などの方向付けを学習した結果として犯罪を行うという。法律違反を好ましいという傾向が、好ましくないという傾向を上回ったときに犯罪を行う。

2.1.1.1.3 統制理論
 統制理論は性悪説に基づいており、人は規制しなければ犯罪を行ってしまう。通常は何らかの理由によって統制がかけられているが、属する社会との絆が低下したときに犯罪を行うとする。社会の絆については後述する。

2.1.1.1.4 ライフコース理論
 非行年齢曲線を描くと17歳がピークになることから、一部の人だけが幼年期から成人に至るまで犯罪を続けている可能性がある。発達類型論によると、乳幼児期に人の言動に悪意を感じる認知傾向を身に付け、攻撃性や反社会性を形成した「生涯持続型犯罪者」と、青年時の緊張やストレスの解放のために生涯持続型犯罪者を模倣する「青年期限定型犯罪者」に分類できる。
 初めて犯罪を行った時期によって、幼年期から青年期に初めて犯罪を行った早発型と、成人になってから犯罪を行った遅発型に分類できる。成人犯罪者の半数程度は遅発型であり、遅発型の大半に自己申告非行があったとされる。
2.1.1.2 反社会的な認知傾向
 動物は、「先行刺激(何かを見たり、自身がある状態になる)」と「行動」と「結果」の3つのサイクルを試行し、良い結果なら頻度が増し(強化)、悪ければ頻度が減る(罰)行動原理に従う。一方、人間は同じ先行刺激を受けても、そのときの判断や場面のとらえ方などは人によって様々なので、それに伴う行動も変わる。また、その行動から生じる結果のとらえ方や意味合いも、人によって様々である。このような物事の受け止め方を総称して、心理学では「認知」と呼ぶ。
 外からの刺激に対して、人間はその場の状況を判断し、解釈して、それに従って行動する。犯罪を起こしやすい人は反社会的な認知傾向があり、同じ刺激に対して犯罪を起こさない人は、法律を破ってはいけないという向社会的な認知傾向がある。認知傾向は、幼少期に褒められたり怒られたりした経験による学習の成果や、その延長である般化(学習した成果を、類似の他のケースに応用)、他人の行動を観察し真似ることによって学習する社会的学習によって形成されると考えられている。このため、認知傾向を「親の育て方が悪かった」「格差社会の影響」などと単純にとらえることはできない。

 犯罪を促進する先行刺激があっても、人は4種類の社会的絆によって犯罪を抑制していると考えられている。

  1. 愛着
  2.  「こんなことをすれば親や友人はどう思うだろうか」といった、人々への愛着を失いたくないことによる抑制。
  3. 投資
  4.  勉学に励んだり、体を鍛えたり、自らを高めようという努力を続けることにより、自分を貶める行動をしたくないという抑制。
  5. 没入
  6.  学校や仕事、家事や育児などで忙しくしており、犯罪を計画・実行する余力がないという抑制。
  7. 信念
  8.  犯罪を行わない、法やルールを破ってはいけない、という信念を抱くことによる抑制。
 犯罪を駆り立てる要因を危険因子、犯罪から遠ざける要因を保護因子と呼び、社会的絆は保護因子の一つである。危険因子は、犯罪歴(発達早期から多種多様な反社会的行動を行っている)、反社会的交友関係(反社会的傾向を有する者との交友がある)、反社会的認知(反社会的な価値観、感度、認識を有する)、反社会的パーソナリティ(共感性欠如、冷酷性、自己中心的などの傾向を有する。反社会性パーソナリティ障害やサイコパスを内包)が犯罪に大きく関連しており、ビッグフォーと呼ばれる。これが先に述べた「認知」に相当する。

 ビッグフォーの中に出てくるパーソナリティとは、「その人の情緒、思考、行動などの比較的安定した傾向」であり、反社会的パーソナリティとは、犯罪者に共通する3つの特性を持つパーソナリティである。

  1. 情緒性特性
  2.  他者の気持ちになって物事を考える力である「共感性の欠如」。罪悪感の欠如、冷酷性、残忍性を伴う。
  3. 思考的特性
  4.  自分のことになるとほんの些細なことでも我慢できないという「自己中心性」。現在の利益を優先し、将来のことを考えずに衝動的に行動する「遅延価値割引傾向が大きい」。
  5. 行動的特性
  6.  社会的絆による「自己統制力の欠如」。わざわざ危険なことを好んでやる「リスクテイキング傾向」。

 サイコパスとは、犯罪に親和しやすいパーソナリティの一つであり、以下の4種類の特徴を持つ。

  1. 対人関係に関する特性
  2.  軽薄さ、病的にウソをつく傾向、無責任さ、性的放縦さ、短期的な婚姻関係。
  3. 情緒面に関する特性
  4.  残酷さ、共感性欠如、感情の浅薄さ。
  5. ライフスタイルに関する特性
  6.  現実的かつ長期的目標の欠如、衝動性、刺激希求性。
  7. 反社会性に関する特性
  8.  少年時の非行、反社会的行動の多様さ。
 サイコパスは人を殺してもほとんど気持ちが動かないとされるが、これは生理学的反応(恐怖を感じると心拍が高まったり、血圧が上昇し、消化器系の動きが抑制される)が欠如しており、情緒を感じるシステム自体がないか、壊れているためだと考えられている。ただし、大半のサイコパスは殺人までは行わず、繰り返し暴力沙汰を起こしたり、交通規範を無視したり、人を騙したり、場合によってはその特性が役立つ犯罪とは無縁の分野で活躍している。

 反社会的認知とは、犯罪を許容したり、望ましいものとして接近する認知のことである。

  1. 中和の技術
  2.  「被害者があんなところにいるのが悪い」「誰だってこれくらいのことはしている」など、頭の中で何らかの言い訳をして自分の行為を正当化し、認知をゆがめる。
  3. 犯罪的他者への同一化
  4.  誰かに憧れて、その行動様式や価値観を自分の中に取り入れ、犯罪を許容する態度を身に付ける。
  5. 慣習の拒絶
  6.  「きちんと勉強する」「真面目に仕事をする」などの型にはまった価値観を嫌い、ことさらに拒絶・反抗する。
  7. 敵意帰属バイアス
  8.  他者の何気ない言動を、自分に対する悪意があるものとして受け取ってしまう認知のゆがみ。
  9. レイプ神話
  10.  例えば痴漢常習者が「痴漢をされても女性がじっとしているのは嫌がっていない証拠」ととらえる傾向など、ゆがんだ認識や信念。
2.1.1.3 生物学的脆弱性

 生まれて間もなく里子に出された(つまり、「実の親」と「育ての親」が存在する)子供たちの行動を追跡した研究結果によれば、子供たちのその後の犯罪歴は下表のようになった。遺伝的負因(生物学的脆弱性)を抱えていても、環境にそのリスクを助長するような条件がそろわない場合には、犯罪行為を起こしにくい。これは、生物学的脆弱性に環境からのストレス要因が作用して犯罪を発現するとも、生物学的脆弱性を持っている者が環境からのネガティブな影響を受けやすいとも言われている。

実の親 育ての親 子供たちの犯罪歴
犯罪歴あり 犯罪歴あり 40%
犯罪歴あり 犯罪歴なし 12%
犯罪歴なし 犯罪歴あり 7%
犯罪歴なし 犯罪歴なし 3%
 虐待と非行の関係についても、生物学的脆弱性が関係している。神経伝達物質であるセロトニンが欠乏すると、人は情緒や行動のコントロールが難しくなる。モノアミン・オキシダーゼA遺伝子の活動が低い場合、このセロトニンの代謝が不十分になり攻撃的になる。この遺伝子の活動が低い子供が虐待を受けた場合、非行が出現しやすくなるが、そうではない子供は虐待を受けても非行に至らないケースが多いとされる。
 生物学的脆弱性のうち、攻撃性は持って生まれた様々な生物学的特徴との間に大きな関連があることが分かっている。粗暴犯罪に関わった男性の多くは、血中のテストステロン濃度が高く、セロトニンの代謝が不十分である。テストステロンは男性ホルモンのことであり、攻撃性と関連がある。また、安静時の心拍数や呼吸数が少ない特徴を持つ。つまり脳の覚醒レベルが常に低い状態であり、刺激のある行動を求めたり、暴力沙汰に及んだりすると考えられる。
2.1.1.4 精神障害・神経障害
 当然ながら最初に断る必要があるのは、精神障害や神経障害の患者が犯罪を起こすわけではないことである。ただ、殺人傾向を持つ精神障害や神経障害が存在すると言われているので、ここに記載する。
 2017年における精神障害者および精神障害の疑いのある者による殺人は、検挙人員総数の13.4%を占める。なお、同年の精神障害者の人口比は3%である。また、1983年から1987年までの不起訴処分になった精神障害の被疑者のうち、殺人が最も多く22%、傷害が15%、放火が14%を占める。殺人の被疑者の精神障害の内訳は、統合失調が約6割、躁うつ病が14%を占める。

2.1.1.4.1 パーソナリティ障害

 パーソナリティは「その人の情緒、思考、行動などの比較的安定した傾向」である。パーソナリティ障害とは著しく偏ったパーソナリティのことを指し、生活上大きな苦痛や問題を引き起こしているようなものである。A群(奇異型)とB群(劇場型)とC群(不安型)にカテゴライズされ、犯罪と関連が大きいのはB群である。

  1. 猜疑性・妄想性パーソナリティ障害
  2.  A群に属する。他人のあらゆる行動の動機を、自身に対して危害を加えようとしているなど、悪意があると解釈してしまう傾向を有する精神障害。自身を守る行動を取ることで、結果的に犯罪に至る場合がある。
  3. 反社会性パーソナリティ障害
  4.  他人の権利を無視し侵害する傾向を有する精神障害で、犯罪との親和性が高い。詳細は既に記載した。
  5. 境界性パーソナリティ障害
  6.  対人関係や自己像、感情が不安定になる傾向を有する精神障害。自分の人格と対象の人格を同一視する傾向を有すると、模倣が過剰になり、患者の理想と一致しなくなったと感じた時、殺人が発生する場合がある。
  7. 演技性パーソナリティ障害
  8.  情動が激しく、人の注意を引こうとする傾向を有する精神障害。
  9. 自己愛性パーソナリティ障害
  10.  自身の誇大性、過剰な賛美の要求、共感の欠如の傾向を有する精神障害。
  11. 依存性パーソナリティ障害
  12.  C群に属する。他人に依存し、従属的にしがみつく行動を取り、離れることを極端に恐れる傾向を持つ精神障害。対象から犯罪行為を促された場合に、従ってしまう恐れがある。

2.1.1.4.2 統合失調型障害
  • 統合失調症
  •  旧称を精神分裂病という。一般には20代前半をピークとして15歳から35歳頃までに発病し、多彩な症状を示しながら慢性の経過をたどる、原因不明の非器質性(医学的検査で異常が見られない)精神疾患。症状は、幻覚や妄想、急性期には錯乱状態や昏迷状態、慢性期には意欲低下や情動鈍麻、思考貧困、自閉などが見られ、多岐にわたる。出現頻度は精神疾患の中でも高く0.7%前後で、男女差はなく、日本でも世界でもほぼ共通である。

     統合失調症の症状は、基本症状、客観的症状、主観的症状から表現される。

    • 基本症状:ブロイラーによれば、経過中に必ず見られる基本症状(連合弛緩、感情障害、自閉、両価性)と、必ずしも見られない副症状(幻覚・妄想、緊張病症状)がある。シュナイダーによれば、身体的基礎疾患がなく一級症状(自分の考えが声として聞こえる考想化声、話しかけと応答形式の幻聴、自己の行為を指示する形の幻聴、身体への影響体験、考えを他人に取られる考想奪取やその他思考領域での影響体験、自分の考えが他人に伝わる考想伝播、妄想知覚、感情や意思の領域でのさせられ体験や影響体験)が見られる場合は統合失調症の診断確率が高いとした。
    • 客観的症状:言葉、表情、身振り、行動など外側から見える症状。身振りはぎこちなく、顔面は無表情で硬く、何かにおびえている様子で警戒的。眉をひそめたり、顔をしかめたり、口を尖らせたり、特におかしくないのに笑う。単調な張りのない声で呟くようにしゃべり、独り言を言ったり、同じ言い回しを繰り返す。話している途中で思考が途切れて黙ったり、自分しか分からない言葉を作ったり、言葉や短文を無意味に反復したり、無意味な言葉を断片的に並べる。質問に対して即座に応答するが、回答は出まかせで見当違いである。意欲が減退し、毎日を無気力に過ごす。緊張病性興奮に陥ると、突然興奮して訳の分からないことを口走ったり、泣きわめいたり、攻撃になったり、自分自身を傷つける。緊張病性昏迷に陥ると、意識ははっきりしているものの、まったく動かず呼びかけにも応じなくなる。この時、手足は硬くなっており、他動的に姿勢をとらせると、その姿勢を長く保つ。
    • 主観的症状:心の中に現れ、その体験を語ると明らかになる症状。話にまとまりがなく、1つの主題が他の主題に飛躍する。それが顕著になると、全体としてまとまりがなくなり、何を話しているのか分からなくなる。外界の出来事について誤った不合理さや疑念を抱き(念慮)、やがて誤った絶対的確信(妄想)に変わる。統合失調症では、発生した理由が心理的に説明できない一次妄想が特徴的。人の声による幻聴が多く、ののしったり、非難したり、脅したりする声が聞こえる。自分の考えていることが他人の声になって聞こえてくる。幻触もしばしばあり、脳がドロドロに溶けていたり、脳が引っ張られる感じがしたり、頭の血管が動く。自分の考えや行為が他人から操られていると感じる。自分の考えが抜き取られる。人の考えが頭の中に吹き込まれる。自分の考えが他人に操られる。自分の考えが他人に知られてしまっている。状況にそぐわない感情反応。同一の対象に好きと嫌いという相反する感情を同時に抱く。感情鈍麻。自閉。言語レベルおよび非言語レベルでの交流不能。
     このように症状は複雑だが、DSM-5での統合失調症の診断をざっくり書くと、「陰性症状(情動表出の減少や意欲欠如)」や「軽度の統合失調症傾向」が6ヵ月続いた後、「妄想」、「幻覚」、「まとまりのない発語」のいずれかと、「まとまりのない行動」、「緊張病性の行動」、「陰性症状」のいずれかが1ヵ月以上ほとんどいつも見られるようになり、仕事や対人関係や自己管理に支障をきたしている状態を指す。

     先に述べた妄想は一次妄想と二次妄想に分類でき、さらに一次妄想は3タイプに分類できる。

    • 一次妄想(妄想気分)
      何が起きているのか具体的に言葉で述べることはできないが、慣れ親しんでいた世界が、不気味な世界に覆いつくされたと感じる。急性期初期には、世界が刻一刻と破滅に向かいつつある危機感を抱きやすい。
    • 一次妄想(妄想知覚)
      妄想気分に続いて起こりやすい妄想であり、街中ですれ違った見知らぬ女性を見て自身の結婚相手だと確信したり、玄関にあった赤いサンダルを見て妹が殺されたと確信するなど、特別意味のない知覚体験に妄想的な意味付けをする。
    • 一次妄想(妄想着想)
      ある日突然、何の媒介もなしに、「自分は総理大臣になった」や「誰かに狙われている」といった考えを思いつき、確信する。慢性期に起こりやすい。
    • 二次妄想
      見知らぬ組織や周りの人が自分を陥れようとしていたり(迫害妄想)、メディアで自分に関係したことを報道していたり(関係妄想)、電車の中でいつも誰かに見られていたり(注察妄想)、絶えず誰かに尾行されていたり(追跡妄想)、食べ物の中に毒が入れられていて殺されようとしていたり(被毒妄想)、紙や悪魔やキツネが自分に乗り移っていたり(憑依妄想)、自分の行為が他の力によって影響を受けていたり(影響妄想)、誰かがレーザー光線で自分にいたずらをしていたり(物理的被害妄想)、発病初期には被害的内容の被害妄想が多い。慢性期になると、自身が天皇家の家系であったり(血統妄想)、自身が神に召された救世主であったり(宗教妄想)、テレビの美人アナウンサーから愛されていたり(恋愛妄想)、世にもまれな道具を発明・考案していたりする(発明妄想)、誇大妄想が出現しやすい。

     統合失調症は症状や経過から4つの病型に分類できる。

    1. 妄想型
      発病が遅く、30歳代での発病が多く、40歳代で発病する場合もある。幻覚妄想状態で急激に始まる。妄想主題は、被害妄想、関係妄想、誇大妄想、嫉妬妄想、血統妄想、宗教妄想など。人格は比較的保たれていることが多く、近所とトラブルを起こしたり、異常な行動を起こしたりすることはあるが、ある程度社会生活を送ることが可能。慢性化すると人格変化をきたし、荒唐無稽な妄想とともに自閉的な生活を送る場合がある。
    2. 破瓜型
      14~25歳での発病が多い。症状があまり目立たず徐々に進行する。主症状は意欲の低下と感情の平板化で、断片的な幻聴や妄想、話のまとまりのなさが見られる。経過は進行性であり、次第に閉じこもって自閉的な生活を送るようになる。
    3. 緊張型
      20歳前後での発病が多い。突然攻撃的になったり、逆にほとんど無動の昏迷状態になる。再発と寛解を繰り返しても、病後は良いことが多い。
    4. 単純型
      破瓜型と同じ経過をたどるが、幻覚や妄想は現れず、陰性症状が軽微に見られる。精神病的側面はあまりない。

     統合失調症の経過は、前駆期、初期・急性期、慢性期からなる。

    1. 前駆期
      頭重感、倦怠感、易疲労感、抑うつ気分、思考力・記憶力の低下、不眠、口数の減少、家への閉じこもり、周囲への無関心など、日常生活における不活発さが見られ、神経衰弱様状態を示す。
    2. 初期・急性期
      妄想気分から始まり、幻覚や妄想など、統合失調症に特有の症状が発生する。病識は無く、体験に支配された異常な行動が見られることがある。病型によっては、興奮と昏迷を繰り返す。多くの場合は、数週間から数ヵ月の治療によって幻覚や妄想が落ち着き寛解する。寛解した場合も、治療を続けていても27%が再燃し、治療を続けていなければ64%が再燃する。
    3. 慢性期
      急性期の症状が消退し、感情鈍麻、積極性の低下など情意面での障害が目立ち、ひきこもりや社会活動の低下が見られる。さらに進行すると、人格が荒廃し、自身の身の回りのこともできない自閉の生活を送るようになる。統合失調症が完全に治るのは14%程度で、患者の半数は悪化の傾向をたどり、荒廃ないし社会活動の低下が見られるようになる。
     原因は、異常セイリエンス仮説と、脆弱性-ストレスモデルが有力だとされている。前者は、そもそもドパミン神経系は環境(音や視覚刺激など)の中から重要なものだけに注意を向けさせる働きがあるのだが、ドパミン神経系の働きが過剰になることで、本来注意を向けにくい音や視覚刺激が目立って自身を妨害しているように感じるというもの。後者は、人間には生物学的(遺伝等)や心理学的(認知傾向等)や人格的に、もともと統合失調症の発病のしやすさが決まっているのだが、そこにシキイ値を超えた急性ストレス(人生上の大きな出来事等)や慢性持続性ストレス(家族の見せる過剰な感情表出等)が加わることにより精神病性の代謝不全を起こすというもの。相対リスク(病気にかかる確率が何倍になるか)は、「都市への移住」や「移民」、「妊娠における感染や栄養失調」、「大麻や精神刺激薬の使用」、「第二度近親(おば、おじ、祖父母、孫、姪、甥、片親の異なる同胞)が統合失調症患者」によって2~3倍に上がり、「第一度近親(両親、兄弟姉妹、子供)が統合失調症患者」なら10倍に跳ね上がる。

     典型的な症例を次に示す。

    (緊張型の統合失調症)
    患者は10代男性。高校生のとき、不眠、食欲不振、倦怠感とともに、何か恐ろしいことが起こりそうな気分(妄想気分)がして怖いと言って精神科を受診。抗統合失調薬を内服して症状は落ち着いたが、薬を飲むと気持ち悪くなるので、半年後に治療を中断した。さらに半年後、誰かの声に命令されたり(幻聴)、誰かが自身を殺しに来る(被害妄想)症状を生じ、一睡もできない状態が2日間続いた後、夜中に突然大声を上げ、ガラスを割り、自分の持ち物を窓から外へ投げ始めた(精神運動興奮)。神経学的、身体的異常は見られず、頭部MRIや脳波検査は正常であり、血液、尿検査でも異常は見られなかった。措置入院からおよそ3ヵ月で軽快退院した。
    (破瓜型の統合失調症)
    患者は40代女性。高校入学後、次第にだらしなくなり、成績も悪くなった。その後、誰かにさせられているかのように感じ、突然笑いだしたり、大声を上げたりした(させられ体験)。また、外に誰もいないのに他人の声が自身の言動を批判したり(幻聴)、自身の考えが声になって頭の中に聞こえたり(考想化声)、自身の考えたことが筒抜けになったり(考想伝播)、近所の人が自身の噂をしたり(被害妄想)するように感じ、病院を受診した。治療により症状はほぼなくなったが、高校は中退し、アルバイト等も続けることができなかった。現在の問題点は、家の中に閉じこもりがち(自閉)で、じっと座っていることが多く(意欲低下)、感情の表出に乏しく(感情鈍麻)。神経学的、身体的異常は見られず、頭部MRIや脳波検査は正常であり、血液、尿検査でも異常は見られなかった。
    患者は28歳男性。上司と意見が対立した後、盗聴されたり、組合員にマークされたり、テレビアンテナにマイクが仕掛けられていると感じるようになった。職務質問を受けたことから、スパイに追われてマークされていると確信し、まったく外出しなくなった。チリ紙交換車を会社の回し者と考えたり、出された食事に毒が入っていると言って食べなかったり、ドアを開けて隠れていないで出てくるように叫んだり、トイレに入って暴れれば宇宙に行けると宇宙人に言われ、店のトイレットペーパーをすべて引き出したり、奇行を繰り返した後、誰かに狙われているとして恐怖におびえて病院を受診し、即日入院した。入院直後は「おい、ジュリー、上空で待機せよ、あと3時間でマドリッド空港ランディング、OK」と話したり、「俺は天皇の長男、社長はバカだ」と言って他人をバカにしたり、スピーカーの裏から自身の悪口が聞こえると訴えたり、地球の滅亡は早いと話したり、その場にいない人間に返事をしたり、ニヤニヤ笑ったりする様子が見受けられた。入院治療を受けるに従い幻覚妄想状態は改善されたが意欲減退が目立つようになり、なかなか気力が出ない状態になった。
    患者は20歳女性。高校に進学したが経済的な理由により商業学校に転校し、その頃から「人間関係がうまくいかない」と感じるようになった。特に具体的に誰かとトラブルがあったわけではなく、成績も良好だったため、担任の教師は首をかしげていた。会社に勤務するため転居したころから、「うまくいかない感じ」が強くなった。また、家が恋しいと思う反面、母親からの拘束が強すぎるという感じが強くなるように思え、時に母親を全く理解できないように思えた。自殺を企図する半年前、家族で暮らすために転職し、それと同時期に両親が離婚した。仕事は楽しかったが人間関係がストレスとなり、なんとなく他人が自身のことを見て、自身が少しおかしいということに気付いているようだった。それが原因で仕事が手につかなくなり、1ヵ月で退職した。病院のケアワーカーとして勤務を始めるが、ここでも「人はどうして成長するのか」といった考え事や、自分でも不自然で理屈に合わないと思う考えを同時にしてしまう。また、当たり前ということがどういうことか分からなくなり、自分は他の人と同じだということが感じられなくなった。10日前後で退職した後、住み込みの仕事ならうまくやれるかもしれないと考え、託児所の仕事の面接を受けて採用された。初めての出勤日、洋服にアイロンをかけ出勤の準備をしていたが、その直後に大量服薬を行い意識不明の状態でいるところを発見され、病院に搬送された。(寡症状性統合失調症ならびに初期統合失調症の症状があるとしつつも、乳幼児期の発達が遅く、小さい頃から物静かで同年代の子供とほとんど遊ばなかったことから、アスペルガー症候群の可能性もあるとされる)
    (緊張型の統合失調症)
    患者は男性。30歳過ぎ頃からよく眠れなくなってきた。何とか眠ろうと毎晩のように飲酒するようになったが、それでもよく眠れず、日中は下痢が続くようになった。一方、不況が悪化していく中で、自分がリストラの対象ではないかという疑念を持ち始めた。不況の深刻化によって仕事がきつくなり、不眠は悪化していた。毎晩飲酒するため、日中もアルコール臭をさせているという噂が社内に流されていると感じ始め、会社上層部への不信が強まっていった。やがて、いつも頭の中に雲がかかっているように感じ、気分も憂うつで意識がスッキリせず、社内で書類を読んでも理解力が落ちて能率が悪く、疲れがたまっているという感じが強かった。状況が悪循環する中、上司に誘われて飲みに行き、遅くなったのでカプセルホテルに泊まった。ほとんど一睡もできず翌朝出勤したが、自身が事業報告をする予定だった席に上司が3人しかおらず、おかしいと思った。アルコール臭のために会社が自身を辞めさせようとし、その筋書きができていると思い込んでいた。いたたまれなくなり会社を飛び出したが、途中の電車の車内でストーカーのような人に付け狙われ、見張られていることに気づいた。駅を降りると、バスがなかなか来ず、昼なのに商店はシャッターを下ろし、カメラ中継車が停まっていたことから、会社の指示で自身が撮影されると思い込んだ。その夜は一睡もできなかった。翌日は休日だったが、競馬に行こうと外に出ると、途中に怪しげな人や黒い車がおり、これはやばいと競馬に行くのを止め、喫茶店に入ってコーヒーを飲んだ。このころから周囲の風景が変わり始め、他人との間に距離ができて現実感がなく、白黒の世界になっていた。帰宅してテレビを見ると、アナウンサーが自身を悪口で誹謗中傷していた。翌朝、父親宅に行こうとした。いろいろな車が自分の周りをぐるぐる回っているので、証拠を撮ろうと店でカメラを買ったところ、車は来なくなった。この頃から宇宙人が現れ監視しているように感じ、宇宙人が地球に侵入してきたと思った。誰が宇宙人で誰が地球人かはすぐ分かった。一方、国家レベルで自身に何事かを隠そうとしているとも思えた。父親宅で父と弟に話したところ、2人はマインドコントロールされている感じがして、なにかの実験台にさせられているように思えた。元来無神論者だったが、神がいるように感じられ、たまらず神に助けを求めた。連日睡眠できておらず、その夜は神とゲームを始め、地球を賭けたが負けてしまった。ひどい恐怖感に襲われ、これでこの世は終わりだと思った。翌朝、父が予約した精神病院を訪れたが、診察に現れた医師の顔が鳥に見え、鳥類の代表として自信を捕えに来たと思い込んだ。その直後から記憶が途切れた。
    患者は不安・焦燥状態にあり、診察は要領を得ず支離滅裂だったため、即入院となり、24時間点滴による持続睡眠療法を受けた。この間、看護者の話しかけに時々応じるが、まったく要領を得なかった。3日後に目覚め、病院にいることを了解できたが、会社が自身を解雇しようと陰謀をめぐらし、そのために自身がおかしくなったという認識を示した。入院から約1ヵ月後に、「会社の陰謀」が自身の思い込みだったと認識した。
    患者は21歳の男性。両親の不仲の中に育ち、幼少期から自身はどこか人と違うという違和感に悩み、孤立していた。高校卒業後、希望した大学に入れず、浪人生活を送りながらアルバイトを転々としていた。アルバイト先では人間関係がうまくいかず、いつも辞めるように仕向けられたと感じていた。唯一の支えであった祖母が亡くなった頃から、周囲への違和感が強まり、外出ができず、家の中で引きこもりに近い生活が始まった。半年間、孤立の中で不眠と不安・焦燥にあえいだ後、「自殺しろ」などと男性の声で幻聴が聞こえてきた。何か組織があって、そこから言ってくる感じがした。その組織は国家のようなもので、自身だけがそこから排除され、自身以外は全部そこに入っている。幻聴の主は組織を背景にした権力をもって自身に色々命令し、自身を社会から抹消しようとしていると感じた。追い詰められて山奥に行き、自殺を図った。この際、行く先まで声が指示してきた。
    患者は男性。ワンマン的父親に反抗しながらも従わざるを得なかったが、大学卒業とともに父親のあっせんで大企業に就職した。会社が怖いと言って、出社二日目から出勤を拒否した。そのまま自宅に引きこもるうち不眠が始まり、うつ状態に陥っていった。三ヵ月目ごろからは言動がおかしくなり、「ソバ屋に入ったら自分が監視されている。怖くて慌てて飛び出してきた」「近所の商店街の人々が自分を付け狙っている」などと言い、家を飛び出そうとしたりするに至った。
    患者は女性。高校時代から対人恐怖症に悩んでいたが、28歳で肺結核にかかり、入退院を繰り返した。その後も対人恐怖が強く、被害念慮があったため、ずっと独身で生活保護を受けて過ごしてきた。40歳頃、近所の人が自分のことを警察官に噂したという話を聞き、それ以来「警察が自分を監視している」と思い始めた。その後何回か転居もしたが、行く先々で警察が盗聴器や盗撮カメラを使って自分を監視し、さらには警察官が変装して家に潜り込み、絶えずいろいろなものを盗っていったりするという。
    患者は男性。高校卒業後印刷会社に就職したが、20歳で会社が倒産し失職する。以後失意の生活の中で、ある女性が自分を愛しているのに周囲の邪魔で結婚できない、という恋愛妄想と、自分は皇室の隠された子孫でいつかは招かれることになっている、という血統妄想を育んでいった。その後、恋愛妄想の対象は移り変わり、行く先々で特定の目立つ女性がその対象になる。病院入院中、ある女医が対象となり、彼女は皇室の出で自分と結婚するはずであると思い込み、回診のたびに彼女に迫ったが、断られると執拗には追いかけない。
    患者は男性。大学卒業後、哲学の大学院に進んだ。大学院3年で自身の進路に悩み、一方で哲学書に読みふけりすぎ、夜中まで起き、深夜外を歩き回ったりし始めた。この頃、自宅の井戸水が水道に変わり、それを機に尿が出にくくなったと感じ始めた。同時に様々な身体の変調を自覚し、内科や耳鼻科などを受診したが、異常は認められなかった。その直後、「母親が自分に毒を入れた、それで自分の体がおかしくされた」「大学の教授が自分に嫌がらせをしようとしている。母親がその一味で、自分に悪さをする」などとと言い、母親に暴力を振るうようになり、精神科に入院した。
    患者は男性。大学卒業後、就職がうまくいかずドイツに三ヵ月留学した。その間、3時間睡眠で頑張ったという。帰国後間もなく、まだ疲れも取れない中、父の縁故である大企業に就職することになった。その面接時に、自分ともう二人の新入社員が将来の役員候補として予定されていると直感した。その期待に沿おうと張り切って仕事を始めたが、なぜか周囲の抵抗が強く、行き詰まりを感じ、不眠も高じてきた。同時に自分が会社の幹部の依頼者から監視されていると思い込み始め、一ヵ月後には床の下からガスが上がってくるという幻覚も出てきて、不気味さの中で追い詰められ急速に錯乱状態に陥っていった。こうして彼は、緊張病性興奮状態で入院し、飛び降り自殺を図ったが一命はとりとめた。以後入退院を繰り返したが、10年後の半年間の入院では、軽い焦燥性興奮状態の持続を基盤に、幻声を伴う政治的な妄想を前景にし、同時に恋愛妄想的傾向が顕著だった。彼自ら政治妄想と呼んでいた前者の妄想は、一方で時の総理大臣などの声で「今度の選挙に立候補してください」と言ってくるなど自分が時の政治状況を支配し得るという誇大的な妄想と同時に、何か発想すると、直ちにそれが政府に盗まれてしまうという発想を盗まれる苦しみを抱えていた。その後、焦燥性興奮状態は徐々に収まったが、体系化された政治妄想は強固に残っていった。
    患者は女性。大学卒業後、就職について家族と衝突し、孤立しがちになり、昼夜逆転の生活が始まった。ニキビができ、美醜にこだわる彼女は大学病院の皮膚科に通ったが、顔の皮膚がひどく変形したと感じた彼女は、人体実験のせいだと信じ込む。皮膚科へ行ったが相手にしてくれず、その帰途、皮膚科を中心とした秘密組織が自分を狙っていると思い込んだ。迫害妄想的な興奮が始まり、精神科入院となった。妄想は残ったが、興奮の収まった彼女は退院となった。男性と同棲を始めたが、あるとき性的交渉中に「見たぞ」「うまくやっているな」などの声が聞こえ、その後テレパシーで自分の考えが全部周囲に伝わってしまい、恥ずかしい思いをした。
    患者は男性。幼いころから孤立し、いじめの対象になっていた。一方、父親の意を受けて、偉くならなくてはいけないという思いが強く、勉強は熱心にやっていた。高校二年でいじめに遭い、学校を休み始めたが、やがて徐々に幻覚・妄想状態に陥り、「近所の人たちが自分を狙い、悪口を言ってくる」と大騒ぎして精神科入院に至った。入退院を繰り返したが、幻覚・妄想状態は慢性化し、特に夕方ごろ大声をあげて騒ぐことが続いた。父親が病死し、改めて精神病院に入院した後は、「あいつはバカだとみんなが侮辱してくる」と大声を上げ騒いだ。医師に対して彼は非常に丁寧であり、「僕は一生懸命に勉強して東大医学部に入学し、皆のためになるように頑張ります」と語り、受験参考書を一生懸命に読んでいた。医師が、もう少し現実的に人生を考えるように勧めても、その場では「そうですね」と答えるが、実際には変わらない。
     幻覚や妄想が犯行を引き起こす場合がある。本障害では被害妄想(相手に殺されると誤想するなど)、関係妄想などを抱くことが多く、また威嚇的な幻聴(「殺さないと一家皆殺しにするぞ」など)に脅かされたり命令されたりして犯行を行うことがある。つまり、被害者は犯人の妄想上の加害者である。犯人は犯行の実感がわかないことが多く、刑事責任能力の有無で争点になることが多い。一方、自分の奇妙な信念や主張を世間の人にアピールするために犯罪を行う犯人もいる。
     幻覚や妄想以外にも、統合失調症の潜伏期や初期および急性期には、強い不安・緊張・いらいら・衝動性高進などが起こり、動機不明の犯罪を起こす場合がある。家族で頼りにしている人物への不満や葛藤など、感情のもつれが攻撃性に転嫁した結果、家族(特に母親)が被害を受けることが多い。
     危険運転致死傷罪における、正常な運転に支障が生じる恐れがある病気として統合失調症が挙げられている。
     統合失調症は、非器質性であり、症状が複雑であり、主観的症状は本人の言葉を信じるしかできないにもかかわらず、刑事責任能力に直結する精神障害であることから、精神鑑定における詐病の判断は、医学的検査で判断できずに鑑定人の経験に委ねられる。100%間違いのない判断は困難だとされている。ローゼンハン実験と呼ばれる1970年代の実験では、実際には幻聴がない人に幻聴があるふりをさせて精神科病院を受診させたところ、全員に精神障害があると診断されたという。詐病の判断基準や心理検査の回答例は5章に記載する。

  • エロトマニア(色情亢進、クレランボー症候群)
  •  対象が自分に恋愛感情を持っているという恋愛妄想を一方的に抱く、被愛型の妄想性障害。ある患者は、イギリスの王族に愛されていると信じており、王族が特別な職員たちを通じて、自分の思いを伝えようとしていたと証言した。ホテルのドアがノックされればお忍びで訪れた王族だと確信し、宮殿のカーテンが動けば秘密の合図だと確信し、最終的には尾行されている自分を警察が保護してくれないことに腹を立て、手を上げて拘束された。
     恋愛対象はマスメディアに登場する人物が多く、一般人でも金持ちや権力を持った身分の高い人物である。患者が男性の場合は、性的魅力が重要な要素となる。社会的地位が高いので大っぴらにできず、秘密のメッセージで対象から接触を試みてくる。やがて、その空想上の恋人になる。患者は訪問、手紙、ちょっとした贈り物などで対象に近づこうとするが、はねつけられると恨みを抱き、対象や周囲の人に対して復讐を企てる場合がある。患者は身分の低い女性が多いが、法を犯すのは女性が4%、男性が50%以上である。男性の方が空想を強引に実行しようとし、拒否されたとき、他の誰にも恋人を盗まれないようにと殺人を決心する傾向がある。原因については、愛されていない悲しい現実に対抗し、誰かが自分に恋しているとい空想を抱く防衛メカニズムという説や、人間元来の交配戦略が病的に行われたという説がある。

2.1.1.4.3 薬物中毒、アルコール中毒
  • 薬物中毒
  •  覚せい剤は猜疑心や不安を強くし、被害妄想・関係妄想・妄想知覚へと発展させる。もともと反社会的な認知傾向を持つ者が、覚せい剤の薬理作用により殺人を引き起こす場合がある。シンナーや覚せい剤の慢性中毒により、統合失調症に酷似した症状が現れることもある。

  • 急性アルコール中毒
  •  一回の飲酒によって生じる酩酊である。このうち病的酩酊と呼ばれる状態においては、人格を排した本能的行動が見られ、本来の人格とは全く無縁な、思いもよらぬ殺人を起こす場合がある。

  • アルコール使用障害
  •  DSM5では、症状ではなく使用様式(アルコールの飲み方に問題がある、アルコールに対する反応に異常がある)によって判定される。精神病性障害を誘発し、嫉妬妄想により妻や妄想上の情夫に対する殺人を引き起こすケースがある。また、アルコール幻覚症は、大勢の人が自分の周囲で叫びあっているという鮮明な幻聴(内容は本人に対する拷問・虐殺といった凄惨な内容のものが多い)を起こし、この状態から逃れるために殺人を行う場合がある。

2.1.1.4.4 感応精神病
 共有精神病性障害、感応性妄想性障害とも呼ばれる。DSM5上では、「他の特定される統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害」に属する「妄想性障害を有する人のパートナーにおける妄想症状」に分類される。

2.1.1.4.5 PTSD
 心的外傷後ストレス障害とも呼ばれる。危うく死ぬ出来事、重症を負う出来事、性的暴力を受ける出来事を直接または間接的に体験した場合に、アドレナリンの増加、心拍数の増加、呼吸増加、震え、涙、麻痺、硬直感、スローモーションによる事件の再現体験(フラッシュバック)、口の渇き、嗅覚などの過敏化、脱糞などを生じ、猛烈な不安感や無力感、恐怖感を感じる。極端な場合、解離症状を起こして現実の状況を理解できなくなり、その出来事が過激な立ち回りを要求するようなものであれば、犯罪に至る場合がある。

2.1.1.4.6 躁うつ病
 殺人に関わるのはうつ状態であり、自分や家族の将来に悲観し、家族を救済する手段は死しかないと妄信するケースが見受けられる。具体的には母子心中や一家心中、昇進うつによる配偶者殺害などがある。

2.1.1.4.7 カプグラ症候群、フレゴリ症候群、相互変身症候群、自己分身症候群
 精神障害の名称ではなく、幻覚の一形態である。一番身近な人々(夫、妻、親、子)が姿を消し、分身(ドッペルゲンガー)が代わりに現れるという妄想をカプグラ症候群と呼ぶ。分身は血と肉を持った人間の場合もあるし、ロボットや宇宙人の場合もある。患者は女性が多い。分身にバッテリーやマイクロチップが埋め込まれていることを確認するために首を切断したなど、分身と信じ込んでいる人物に襲い掛かるケースが多くある。知力には問題がないので、綿密な計画を立てて犯行に至る。原因については、アルツハイマーや脳腫瘍などの器質障害により、左右の脳が正常にやり取りできず、顔認識が阻害されるためだとされる。
 この妄想には亜種があり、自身に好意を寄せる人物が、身近な人々や知人などに巧みに扮装して現れるという妄想をフレゴリ症候群と呼ぶ。この精神障害での患者は男性が多い。患者の周りにいる有名人は、自分の意思で自由にアイデンティティを交換できるという妄想を相互変身症候群と呼ぶ。自身の分身が現れるという妄想を自己分身症候群と呼ぶ。

2.1.2 捜査心理学

 捜査心理学は、心理学の知識を用いて犯罪捜査を支援するための研究分野である。犯罪現場の状況から犯人の属性を推定する犯罪者プロファイリング、犯人の居住地や次の犯行地点を予測する地理的プロファイリング、被疑者や目撃者に対する効果的な取り調べ方法の開発、ウソの見破り、精神疾患や記憶喪失の演技の見破り、人質立てこもり事件における説得、突入タイミングの決定などの研究が行われている。本章には、このうち犯罪者プロファイリングについて記載し、4章で残りの題材を扱う。
 犯罪者プロファイリングは、犯行状況や犯行現場での犯人の行動、遺留品や遺体の状態などから、犯人の年齢、職業、家族構成、性格などの属性を推定していく技術である。特にV-O(Victim-Offender)関係のない、つまり被害者と犯人の間に事件前に人間関係のない行きずりの事件に威力を発揮する。FBIで開発されたFBI方式と、イギリスのリヴァプール大学を中心に発展させられたリヴァプール方式があり、警察機関ではリヴァプール方式が多く用いられる。アメリカでは、捜査経験の豊富な警察官が行動科学を学んで犯罪者プロファイリングを行うケースが多く、イギリスや日本では、捜査経験の豊富な警察官と行動科学の専門家がチームを組んで犯罪者プロファイリングを行うケースが多い。
2.1.2.1 FBI方式の犯罪者プロファイリング
 FBI方式のプロファイリングの最も基本的なロジックは類型論である。つまり、あらかじめ対象となる犯罪をカテゴリーに分類し、それぞれのカテゴリーの事件を引き起こす典型的な犯人像をリストアップする。分析対象となる事件が発生したら、分析官はそれがどのカテゴリーに属する事件なのかを判断し、予想される犯人像をリストから導き出す。
 捜査官の経験や様々な経験的な法則、精神医学的、心理学的な知識などを含めながらより具体的な犯人像を構成していくことから、しばしば「サイエンス」ではなく「アート」だとか、臨床的プロファイリングと評される。特に、V-O関係がなく、犯人検挙が難しい多くの罪種での応用が期待される。最大の問題点は、カテゴリーに当てはまらない犯罪であり、例えば、後述する秩序型の特徴と無秩序型の特徴を両方持っている混合型のケースのプロファイリングは困難である。

2.1.2.1.1 犯罪の被害者、種類、方法による分類
 被害者が一名の殺人をシングル、一ヵ所での一回の殺害により被害者が二名の殺人をダブル、さらに同三名の殺人をトリプル、同四名以上の殺人を大量殺人と分類する。大量殺人は、一人の人間が一ヵ所で一回の殺人を行う「古典的大量殺人」と、四名以上の家族が殺され犯人が自殺しない「家庭内大量殺人」に分類される。さらに、「短期集中殺人(スプリー殺人とも)」は二ヵ所以上での一連の殺人で、殺害ごとに感情の冷却が行われないものをいい、「連続殺人」は三ヵ所以上の場所で三回以上の殺害が行われ、殺害ごとの感情の冷却が行われたものをいう。
 古典的大量殺人では、一回の殺人に費やされる時間は数分から数時間、長くても数日である。典型的なものとしては、精神異常者の抱えている問題が誇大化し、無関係な人々に攻撃的な行動をとるケースが挙げられる。
 古典的大量殺人と短期集中殺人では、犯人は被害者にこだわらない。対照的に連続殺人では、被害者は意図的に選択されることが多い。
 連続殺人犯は、殺人を計画し、条件を満たさなければ延期することさえあり、自分の行動を慎重にチェックする。対照的に集中殺人犯は警察に追われることが多く、成り行きを自分でコントロールできない。
 連続殺人は、「秩序型」と「無秩序型」の二つのカテゴリーに分類される。
 秩序型は、犯人が犯行現場において、一貫した行動の意図をもって統制がとれた行動をしている事件である。具体的には、計画性がある、言葉などによって被害者を欺罔して連れ去っている、被害者を監禁する、凶器や犯行道具はあらかじめ犯人が用意して持参している、事件後に凶器や証拠は隠滅している、遺体を発見されないような場所に遺棄するなどの特徴を持つ。このような事件の犯人は、被害者に近い年齢で、比較的高い知能を持ち、高学歴で、精神病質者(サイコパス)である可能性が高く、専門的技術を要する職業を望むが自分の能力以下の職業にしか就いておらず、社会性があり、性的能力があり、たいていは配偶者と生活しており、車はきちんと整備されており、父親は安定した職業に就いており、幼少期のしつけはあまり一貫していなかったと思われ、兄弟の中では年長者であるなどの特徴を持つとされる。暴行、傷害、性犯罪の前歴があり、交通違反も多い。社交的なタイプで、話がうまく、あかぬけた身なりをし、女好きで、今風である一方、自己中心的で、責任感が無く、ウソつきで、笑われたりすると暴力的に反応する。殺人の前には、金銭、夫婦間、仕事、女性関係の問題などでストレスを感じていることが多い。被害者や犯行現場から記念品を持ち帰り、犯行後も空想を持続する。捜査の進展を気にしており、行方不明者の捜索に参加したり、警察に情報を提供したり、新聞社に犯行声明を送り付ける場合もある。身の危険を感じると、転居、転職することがある。
 無秩序型は、犯人が、行き当たりばったりで統制のとれていない行動をしている事件である。具体的には、計画性が見られない、被害者をいきなり襲う、凶器は事件現場にあったものをそのまま使用する、凶器などの証拠を隠滅しない、遺体は殺害現場に放置されているなどの特徴を持つ。このような事件の犯人は、平均よりも低い知的水準であり、社会的に未熟、単純作業などの非熟練労働に従事しており、一人暮らしか両親と生活しており、犯行現場の近くに住み、性的に無能で、異性との性的な親密性を持つことができない場合が多く、多くは妄想型の統合失調症などの何らかの精神障害を有しており、末子が多く、父親は安定した職業に就いておらず、子供のころの両親のしつけは厳しく、職歴は貧弱であり無職か人と接触することの少ない単純労働に従事し、体系はやせ型で、服装は乱れ清潔が無いなどの特徴を持つとされる。のぞき、下着盗、住居侵入、公然わいせつなどの前歴がある。周期の人々から孤立していて、妄想があり、周りから奇妙で気味の悪い人と見られており、外見的にも変な人である。夜型人間で、親しい友人がおらず、異性との交渉がないので、のぞき、露出、下着盗、ポルノ、マスターベーション、性的幻想に浸る。事件についての報道には無関心で、犯行後に生活様式の変化はほとんどない。

 秩序型と無秩序型の犯人像をまとめると下表のようになる。

特徴 秩序型 無秩序型
知能 平均かそれ以上 平均以下
社会的能力 あり なし
職業 熟練を要する仕事 熟練を要しない仕事
性的能力 あり なし
出生順位 長男が多い 末子が多い
父親の職業 安定 不安定
幼少期のしつけ 一貫していない 厳格
犯行時の感情 統制されている 不安定
犯行時の飲酒 あり なし
原因のストレス あり なし
居住状況 配偶者または愛人と同居 独居
移動性、車 移動性高い、いい車 犯行現場近くに居住または職場あり
事件のニュース 関心あり 関心なし
犯行後 転職、転居 目立つ行動変化(薬物使用、飲酒、宗教への傾倒など)

2.1.2.1.2 犯罪分類マニュアル(CCM)
 米国精神医学協会の診断統計便覧(DSM)を指針として作成された、殺人の動機の分類モデルである。非常に詳細にまとまっているが、日本との文化の違いや、銃器の入手性による違いが気になるところではある。

 CCMによると殺人の動機は4つの大分類「営利目的の殺人」「個人に起因する殺人」「性的殺人」「集団に起因する殺人」から構成され、さらにそれぞれが中分類を持つ。

  • 営利目的の殺人
  • 物質的な利得(金銭、物品、土地、恩恵など)のために行われる殺人。

    • 契約殺人(第三者による殺人)
    •  利益のために、ある人間の殺害に同意した者(殺し屋など)が行う、秘密裏あるいは突発的な殺人である。
       実行犯は犯行現場に留まる時間を最小限に抑え、物的証拠をほとんど残さない。凶器は、入手しやすく入手元の判明しにくいものが用いられ、現場に捨てられることが多い。致命的な部位(頭部)を狙い、外傷は少ない。偽装は行わないか、効果的な事故死の偽装や動機の偽装(窃盗や性的な動機に見せるなど)を行う。
    • ギャングによる殺人
    •  ギャングとは、三人以上で、反社会的な行為や殺人などの犯罪行為を主な活動としている組織を指し、彼らが行うドラッグがらみの殺人、縄張り抗争、報復殺人、一般的な動機の殺人である。
       被害者もギャングであることが多い。犯行現場は通常、ギャングの縄張り内にある開けた公共の場や、被害者宅の近くである。乱雑で、死体は放置されている。凶器は現場に携行され、犯行後隠匿される場合が多い。凶器として銃器が使われることが多く、被害者は何発もの銃弾を浴びて、多くの外傷を受けている。
    • 犯罪組織内での争いによる殺人
    •  縄張りの管轄をめぐる組織犯罪での抗争による殺人である。
       被害者は組織犯罪集団の序列中でよく知られた人物である。迅速な殺害や逃走計画などの予防手段がとられる。隠匿や処分のために死体を離れた場所に運ぶか、無頓着に現場に放置する。
    • 誘拐殺人
    •  誘拐の意図に反して拉致した人物を殺害する殺人である。誘拐とは、違法な暴力行為や詐欺的行為によって捕まえて拘束したり、どこかへ連れ去ることであり、警察が監禁場所を知らないことが人質殺人と異なる。
       突然の犯行のため、被害者宅の家具は倒れ、持ち物は散乱し、扉は通常開け放たれている。死体は頭部やその他の致命的な部位かその近くに銃創が見られることが多い。
    • 製品の改変・汚染による殺人
    •  犯人が通常は金銭上の利益を得るため(被害者に代わって訴訟を起こす、製品が改変されていたことを理由にゆする、経済上の操作を行う)に商品を故意に破壊し、被害者はその商品と何らかの接触を持ったことにより死亡するケース。
       犯人の戦略により、特定の年齢集団や階級に被害者が出る場合と、無作為に発生する場合がある。犯人が訴訟を考えている場合、必ず偽装を行う。
    • ドラッグ殺人
    •  障害を除いて不法なドラッグ取引を容易にすることを第一目的とした、個人による殺人である。
       動機は粛清(属する取引グループの掟を破ったために罰せられたもの)、情報提供(警察や敵対している取引グループに情報を提供するもの)、強奪(ドラッグや金品をだまし取るもの)、縄張りの侵入、ドラッグ反対派の排除の五つがある。犯行は公の場で行われることが多く、死体はほとんど隠匿しない。ドラッグ、金銭などの証拠は現場から持ち去られる場合がある。凶器は銃器が多く、致命的な部位(胸部や頭部)を狙った致死率の高い傷が見られる。過剰攻撃が行われている場合もある。
    • 保険金・遺産関連の殺人
      • 個人的利得のための殺人
      •  犯人が被害者の死によって、金銭的な利益(保険金や遺産)を得ることを期待して行う殺人である。
         被害者は犯人と親しい関係にある、家族、仕事上の仲間、一緒に暮らしているパートナーである。通常、死体は隠匿されず戸外や発見されやすい場所に放置される。犯人は通常、死亡原因の偽装を行う。
      • ビジネスでの利得を目的とした殺人
      •  何らかのビジネスの管轄権を掌握したり、そこからの利益を得るために行われる殺人である。
         被害者と犯人は、仕事上のパートナーや仕事を通じた関係が強い。
    • 重罪殺人
    •  重罪とは一年以上の刑の宣告を受ける犯罪である。凶悪犯罪(強盗、夜盗など)を犯している最中に、たまたま発生した殺人を指す。
      • 無差別重罪殺人
      •  重罪を犯すのに先立って殺害を行うことは企画していたが、被害者として特定の人物は想定していなかった殺人である。
         被害者は犯行を目撃する可能性を持っていた人物である。犯行現場は通常、現金が手に入る場所である。犯行現場に長く留まる傾向があるため、被害者間に何らかのやり取りがあった形跡が残りやすい。犯人が予期していた成り行きのため、犯行現場は秩序だった様相を呈している。偽装する場合、放火することが多い。犯人は犯罪歴(特に自動車泥棒が多い)のある若い男性というケースが多く、現場付近に居住し犯行現場に徒歩で出かける。
      • 偶発的重罪殺人
      •  重罪の遂行に先立って計画されていなかった殺人である。
         被害者は犯行を目撃する可能性を持ち、強盗を完遂するための脅威や邪魔と思われている。被害者は不意に襲われるケースが多い。犯行現場には矛盾する要素(最新かつ巧みな方法で住宅や会社に侵入しながら、指紋や足跡といった物的証拠を残す、目的の犯行が完遂されなかった)が存在する例が多い。犯人は通常、アルコールやドラッグに溺れている。

  • 個人に起因する殺人
  •  個人間のあつれきから殺害に至る殺人である。物質的な利益や性行為を動機とはしておらず、グループで犯行が行われることもない。

    • 恋愛妄想(エロトマニア)を動機とする殺人
    •  融合(犯人が、自分の人格と被害者の人格を同一視する)や恋愛妄想(性的なつながりではなく、理想化されたロマンティックな愛や精神的なつながりを基本とした空間)などの非常に激しい思い込みをともなう空想物語が、被害者を死に至らしめる殺人である。この精神障害の詳細は別に記載した。
       ほとんどは至近距離から、または面と向かっての殺害となる。犯人が犯行現場を去らないケースさえある。人格の融合が関連すると、模倣が過剰になり、犯人の理想と一致しなくなったと感じた時、殺人が発生する。犯人は通常偽装を行わない。凶器として銃器が多く用いられ、致命的な部位(頭部と胸部)が狙われる。
    • 家庭内殺人
    •  家族のいずれかが、同じ家族を殺害する殺人である。
      • 偶発的家庭内殺人
      •  被害者が犯人を虐待した、あるいは両者間にあつれきがあったなどの経緯がある。殺害が衝動的だったことを示し、凶器はたまたま手近にあったものが多く、たいていは現場に残されている。暴行が次第に過激になっていたことが分かる場合もある。犯人が自分の行為を取り消そうとした指標(犯人が自分の身体や凶器を洗い清めたり、被害者の遺体に何かを被せるなど)が見られることも多い。これは犯人の心の安逸のためであり偽装とは異なる。犯人は警察や救急隊が到着した時点で現場にいる場合が多く、他のものに罪を被せるような供述を行う。犯人は酒やドラッグを服用しているケースがあり、凶器には指紋が残っていることが多い。過度の外傷による非人格化が見られる。手や紐状のものでの絞殺が多い。
      • 偽装家庭内殺人
      •  被害者は偶発的家庭内殺人と同様である。犯行現場は十分に計画が練られた殺害ほど、物証は現場から持ち去られ、秩序だった犯行の様相を呈する。犯行現場は両社の自宅が多いが、自宅以外での犯行もあり得る。事故死や、自殺、強盗やレイプ後の二次的な犯行、オカルトや悪魔主義的な儀式に見せかけ偽装する。レイプに見せかける場合、被害者はほとんどの場合被害者の女性は何か衣服を着せられている。
    • 口論・喧嘩による殺人
    •  個人間での争いに端を発した殺人である。ただし、過程や同一世帯の個人は対象から除外する。
       被害者は若年の肉体労働者か失業者、男性、教育程度は低いというケースが圧倒的に多い。犯人とは顔見知りで、攻撃的な行動をしたり、暴力で問題を解決してきたという共通点がある。例外として、犯人の感情が爆発寸前にある時に、不幸にも刺激を与えてしまう被害者がいる。犯行現場は広範囲に乱雑な状態になっていることが多く、乱闘をした形跡を示す。凶器は、使いやすさから選ばれた偶然手元にあったものが使われ、物証とともに現場に残される。被害者は武器を持っていない。死体は犯行現場に残される。アルコールやドラッグがからむ場合が多い。
    • 権力者の殺人
    •  ある人物が何らかの権威や象徴的な権威を持っており、犯人がその権威ゆえに自分は不当に扱われていると考え、その人物を殺害する殺人。
       被害者には、本来の標的(犯人が自分を不当に扱っていると感じている人)と二次的な標的(運悪くその現場に居合わせた結果、無差別の標的になってしまった人)がいる。不当な扱いとは、解雇など実際の出来事の場合もあれば、精神異常や変質狂的な妄想に基づいた単なる思い込みの場合もある。犯人の攻撃目標は人間の他に、権威を象徴する建物や構造物、施設の場合もある。犯人は計画を途中で止めたり、逃げたり、責任を逃れるつもりはほとんどなく、自殺や警官の銃弾によって殉じることを願っている場合もある。犯人は必ず、事前の計画により被害者と直接対峙し、対決の現場に複数の凶器を携行することが多い。結果として、攻撃は大量殺人あるいは短期集中殺人へと拡大していく。よく見られる精神障害は、抑うつ反応、偏執症(パラノイア)、偏執性の精神病である。対人関係での挫折や葛藤がきっかけとなり、状況が進行する。
    • 報復殺人
    •  本人あるいはその他の重要人物に対して、実際に、あるいは犯人の想像の中で、不正がなされたことへの報復として犯人が殺害を行う殺人である。
       必ずしも被害者と犯人が知人であるとは限らないが、被害者のそれまでの人生の何らかの出来事が直接的に犯人の行動にかかわっている。複数の犯行現場がかかわってくる例が多い。犯行現場までは物証を残さないが、発作的に犯行を行った後、物証を残して現場から逃げ出す。凶器は前もって自分で選択し(銃器かナイフがほとんど)、現場に携行する例が多く、犯行後は現場に残されることが多い。
    • 特定の動機のない殺人
    •  一見不合理に見える殺人であり、殺害の理由は犯人自身にしか分からない殺人である。
       被害者は無作為に選ばれ、犯人と直接の関係はない。発行現場の多くは公共の場である。特に持ち去られる物品はなく、被害者の死体は隠匿されず無秩序な様相を呈する。凶器(複数の銃器と大量の銃弾)は犯人が現場まで携行する。犯人の最終目標はできるだけ多くの人間を殺害することであるから、事件は大量虐殺に発展しやすい。外傷は致命的な部位(頭部、首、胸)に集中している。犯人はだらしない身なりをし、内向的で、孤独を好み、奇妙な行動を示している場合が多い。
    • 過激主義者による殺人
    •  特定の政治的、経済的、宗教的あるいは社会的組織を基盤とした理念のために実行される単独犯による殺人である。犯人の信念が特定の集団と関連を持っている場合もあるが、その集団が犯人の行為を是認してはいない。
       動機には、政治的殺人(現在の政府に対する不満)、宗教的殺人(神秘主義などの思想や信仰を熱烈に信奉)、社会経済的殺人(人種、社会、宗教グループに属する者への憎悪)がある。犯行は通常、公共の場で行われる。待ち伏せをして、あるいは突然襲い掛かる方法を選びやすく、遠距離から攻撃するケースもある。
    • 恩情殺人・自己英雄化殺人
    •  通常、重病で生きる望みのない被害者に行われる殺人。
      • 恩情殺人
      •  被害者が苦しんでいると犯人側が認識し、あるいはそう感じ、その苦しみを取り除いてやることこそが自分の義務だと犯人が考えたことから発生する殺人である。
         真の動機は同情や哀れみではなく、自分には力があるという感覚を得ることである。犯人は連続殺人を犯しやすい。被害者はほとんどの場合、高齢か病弱であり、犯人から世話を受けている立場にある。凶器はたまたま手に入ったもので、日常的に存在するもの(薬品、注射器、毒物など)が多い。死体は、穏やかな自然死や、事故死、自殺に偽装される。
      • 自己英雄化殺人
      •  犯人が被害者の生命を危険にさらすような状況を作り出し、その救出や蘇生を行うことにより勇敢さを示そうとするが、失敗してしまう殺人である。
         犯人は懲りずに犯行を重ねることが多い。被害者は恩情殺人と同様である。消防士であり放火魔でもある犯人は、大急ぎで戻り救出を行いたい一心で火を放つ。看護師や救急医療の専門家の犯人は、危機的状況を引き起こした後に、タイミングよく手当てを行う。自然死(心拍停止など)、事故(配線の誤りによる出火)、犯罪行為(ひき逃げ、強盗、放火など)の犠牲者に見えるように偽装される。
    • 人質殺人
    •  人質という状況の中で発生する殺人である。状況がエスカレートし、被害者が殺された場合、人質殺人となる。

  • 性的殺人
  •  殺害に至るまでの一連の行動の根底に、性的要素(性行為)が関わっている殺人である。実際の行為は、(殺害の前後を問わず)性器の挿入を伴う実質的なレイプから、被害者の体内に異物を挿入するといった象徴的な性的暴行まで多岐にわたる。

    • 秩序型の性的殺人
    •  殺害を計画し、被害者に狙いを定め、犯行現場で支配力を誇示するタイプの犯人による性的殺人。
       被害者は女性が多いが、青年男性が狙われることもある。独身で仕事を持ち、一人暮らしをしている被害者が多い。最初の接触現場、攻撃現場、殺害現場、死体遺棄現場などの犯行現場は複数に分かれる場合が多い。凶器は犯人が犯行現場に携行するが、犯行後は持ち帰る。犯行現場から、被害者の写真、装身具、衣類、運転免許証などの戦利品が消える。死体遺棄現場は通常、犯人がよく知っている場所である。殺害に先立って、性行為の他に攻撃的な行為が行われている場合が多い。殺害行為はエロティックな意味合いを持たされており、被害者はゆっくりと計画的に殺され、窒息状態もよく見られる。殺人と同時に性行為が行われている場合もある。犯人は通常、人当たりがよく社交的なタイプで、話術で被害者の気を引いたり、警察官や警備員を装い被害者に接近する。ビジネススーツやカジュアルウェアなどのきちんとした服装をしていることが多い。捜査状況を確認したり、犯行を追体験するために、犯行現場に舞い戻って過度に協力的な態度で捜査に首を突っ込んだり、偽の情報を提供したりすることがある。
    • 無秩序型の性的殺人
    •  無計画で衝動的な性質の性的殺人である。秩序の無さは、犯人の若さ、犯罪に関する知識不足、薬物使用や飲酒、また精神的欠陥の結果という場合もある。
       犯人は自宅や職場近くで偶然出会った人物を被害者にすることが多い。年齢、性別、その他の特徴にはかなりばらつきがある。慣れ親しんだ環境にいることで安心できるために、被害者はしばしば犯人と同じ地域の人物となる。犯行現場は無作為に選ばれ、混乱を呈する。被害者の死亡場所と犯行現場は同一の場合が多い。被害者の顔にまくらやタオルが載せられていたり体がうつぶせになっていいたり、顔が傷つけられたり、身体の特定の部位が過剰攻撃されるなど、非人格化が行われている場合もある。捜査を妨害するための隠蔽は行わない。死体は殺人現場に残され、殺害時のままの姿勢であることが多い。二次的な犯行が行われる場合もあるが、犯人の幼稚さを表すものである。犯人が、性的に過激な夢想をもとにして、自分にとって特別な意味を持つ姿勢に死体を放置したり、性的な意味合いを持つその他の部位を過度に傷つける場合があるが、意図的に警察を混乱させようとしているというより、個人的な表現(個性化)を行っているためである。犯人の知性は平均以下の場合が多い。しばしば社交性に欠け、そうした欠点を自分でも痛烈に感じている。そのため、待ち伏せや不意打ちによって被害者の動きを即座に封じざるを得ない。障害行為は、犯人が被害者からの脅威を感じないように、意識を失っているか死んでから行われる。顔、性器および乳房はもっとも過剰攻撃の標的となりやすい。死体の一部が現場から持ち去られている場合もある。最も多い死因は、窒息、絞殺、鈍器による打撲、鋭く尖った凶器の使用である。犯人はたいてい一人暮らしか、親もしくはそれに相当する人物と同居し、犯行現場に近接する地域に居住または勤務している。勤務成績は一貫せず低劣なものでしかない。周囲からは変わり者と思われている。多くは不潔でだらしのない服装をしており、夜になると目的もなく近所をうろつくなど夜型の生活を送っている。
    • 混合型の性的殺人
    •  複数の犯人、あるいは突発的諸要因により犯人の行動が変わった場合により、秩序型および無秩序型双方の特徴を持つ性的殺人である。
       犯行は計画的な暴行として開始されるが、予期せぬ出来事(被害者をコントロールできなくなるなど)のために、秩序が失われてしまう場合がある。また、主要動機はレイプだけであったのに、被害者の抵抗や加害者の感情により犯行がエスカレートする場合がある。これは特に、敵対感情を抱いていたり、復讐を目的としたレイプ犯に多く見られる。
    • 加虐的殺人
    •  性的なサディストとは、加虐的なイメージに反応して性的興奮を得る者を指し、過度の精神的および肉体的拷問から性的満足を得る。この手の犯人がサディスティックな性的妄想の中で、性行為、支配、相手を卑しめる行為、暴力が一体化して犯罪行為となり殺害に至った殺人である。
       被害者は秩序型の性的殺人と同様である。犯人と全く面識のない白人の成人女性が最も被害者になりやすいが、男性や子供まで狙われることがある。サディズムは拷問という形をとるため、拷問および殺害現場を含む複数の犯行現場が存在することが多い。監禁状態は数時間から長い時には六週間に及ぶ。人目につかないという要件を満たしていれば、犯人の住居も利用される。拷問台や特殊な装置を備えた拷問部屋が用意される。現場が自宅以外であれば、選び抜いた凶器や拷問道具が持ち込まれ、犯行後は持ち去られる。死体は通常隠されており、特に秩序性の高い犯人ほど、ショベルや石灰、死体を埋めるための遠隔地をあらかじめ用意したり、死体を焼却する。死体の発見をめぐる報道から興奮を得たいがために、発見されやすい場所に死体を移すこともある。実利的な理由(被害者の身元を分かりにくくするなど)や、被害者の人格を奪う非人格化によって損傷させた可能性がある。二次的犯罪(レイプ殺人、強盗など)を偽装し、動機を隠す偽装を行う場合もある。被害者の死亡前に性交(多い順に、肛門へのレイプ、フェラチオの強制、膣へのレイプ、異物の挿入であり、犯人の大多数はすべてを被害者に強いる)を行う。暴行(性器および乳房、性的関連性を持つ部位を噛んだり過剰に攻撃)は被害者の死亡する前に行われる。拘束具が頻繁に用いられる。犯人はあまり早く殺してしまわないように細心の注意を払っており、瀕死の被害者を蘇生させた事例もある。死因の多くは、紐状のものや手を使って首を絞めたり、首を吊らせたり、口と鼻を覆うなどによる窒息死。犯人は圧倒的に白人男性が多い。共犯者がいる場合、男女どちらの可能性もある。犯人の半分は既婚者で子供を持っている。

  • 集団に起因する殺人
  •  その信奉者(単独あるいは複数)が行った行為であれば、結果的に死亡者が出ても仕方ないというイデオロギーを共有する二人以上の人間に関係した殺人。

    • カルト殺人
    •  非正統的または偽物と思われる理念、対象物、人物に対し過度の信仰や献身を行う信奉者の集団で、本来の目的はセックス、権力、金でありながら、一般構成員にはそのことが知らされていない集団を「カルト」と呼び、こうしたカルトの複数メンバーによる殺人である。
       被害者の多くは、同じカルトのメンバーもしくはメンバーの周囲にいる複数の人間である。犯行現場には、説明のつかない手工品や絵などの象徴的な意味を持つ物品が残されている場合がある。死体の状態は殺人の目的によって異なり、メッセージを広めることが目的の場合は死体を隠匿せず、カルト内部の小グループで脅迫を目的として行われた場合は死体を埋めて隠す場合が多い。カルトの本拠地周辺に大量の死体が埋められている場合もある(農場や田舎家など)。
    • 過激派集団による殺人
    •  特定の政治的(政府や代表者の姿勢に反対する教義や思想)、経済的(特定の民族、社会、経済、宗教の者に対する強い憎しみや嫌悪)、宗教的(正統派の宗教的伝統に基づく熱烈な信仰または信条体系)、または社会的体制に基づく理念を動機とした殺人である。集団の承認を得て行動を起こした単独犯の場合と、複数の犯人が関与している場合がある。集団の大義が一つのタイプに収まることはめったになく、通常は複数の動機が混ざり合っている。
       被害者は犯人の信条体系に対立する者、過激派集団の目的と衝突した者、過激派集団の攻撃目標との関連から殺される者がいる。犯行現場は複数であることが多い。集団の名刺(シンボル、声明など)が現場に残されていることがある。他に、疑似軍事組織的な過激派集団による殺人や、過激派集団による人質殺人がある。
    • 集団的興奮による殺人
    •  集団的興奮により、複数の人物がある個人を死に至らしめる殺人である。組織的な場合もあれば、そうでない場合もあり、人から人へ広がりやすく自然発生的な要素を持つ。
       被害者は、最初は特定の個人が標的とされるが、混乱と興奮が増すにつれ、不特定多数が被害者となる。最初から集団が無作為に被害者を選ぶ場合もある。攻撃は通常、人目に付く公共の場で行われる。使用される凶器は、偶然そこにあったもので、特に身体の一部(手足)を用いることが多い。被害者には、通常、こん棒での殴打や鈍器での全身殴打により必要以上の傷を負わせる過剰攻撃が見られる。犯人はしばしば薬物を使用したり酒を飲んでいる。

2.1.2.1.3 犯行現場に残される犯人の行動の特徴

犯行現場には、犯人の行動を特徴的に示すものが三つある。

  • 犯行の手口(MO)
  •  犯行の手口は、犯行中の犯人の行動により作り上げられ、習い覚えていくものである。また犯人の投獄などの経験と自信や、被害者の反応によって手口は変わる。
  • 個性化(署名)
  •  凶悪犯罪は、ほとんどの場合、犯人の想像の世界で静かに密やかに芽生える。こうした白昼夢を実行に移したとき、犯人は犯行の中で特異な行動(死体に何らかの姿勢を取らせる、死体を切断する、何かを取り外したり持ち去るなど)をとらなければならない要求に駆られる。この犯罪を行うには不要な犯人の異常な行動を「個性化」と呼び、連続犯が犯行のたびに同じ儀式的な行動を繰り返すことを「署名」と呼ぶ。
  • 偽装
  •  警察の到着前に、誰かが犯行現場を意図的に変えることである。もっとも疑われやすい人物から捜査の目をそらす目的や、被害者や被害者の家族を守る目的がある。後者は、レイプ殺人の場合に淫らな姿勢を取った遺体の状態を変えたり、オートエロティズム(自己性愛)による死亡の場合に遺体を死因となった装置や器具からどける例がよく見られる。
2.1.2.2 リヴァプール方式の犯罪者プロファイリング
 イギリスのリヴァプール大学を中心に発展させられた、計量的、統計的な方法で犯罪データを解析し、そこから客観的に犯人の属性など捜査を支援するための情報を推定していくプロファイリング方法である。統計的プロファイリングとも呼ばれる。
 中心的な方法は、ファセットアプローチと呼ばれる、犯罪データの空間的なマッピングである。個々の犯罪を例に、犯人が現場でとった行動や被害の状況、犯人の属性などを行に配置したマトリクス(行列)を作成して、そのマトリクスをもとに犯行特徴を2次元空間上に配置していく。同じ犯行で共通して取られやすい行動や、ある犯行特徴と共起しやすい犯人の属性は接近して配置される。このマップを見ることで、犯人の行動や属性との関係を視覚的に把握することができる。

2.1.2.2.1 犯行テーマ分析
 犯罪データの空間的マッピングでは、ある犯人の行動が空間の中心から見てどちら側に広がっているのかを見ることによって、犯人の行動を分類することができ、これを犯行のテーマという。犯行のテーマを見ることにより、犯人の動機を推定したり、犯人がとりやすい行動を推測することができる。
 まず、行に犯人のとった様々な行動、列にそれぞれの犯人を入れ、たくさんの犯罪データをマトリクス型のデータベース化する。次に、犯人のとった行動の類似性をもとに、統計手法を用いて空間的にマッピングする解析を行う。
 マッピングの中心部分から周辺部分に向かって、「その罪種の典型的な行動」、「行動パターン」、「犯行の手口(MO)」に関する特徴が同心円的に配置され、一番外側には「署名行動」がくるとされる。また、個々の犯罪者が犯行時にとった行動をチェックすると中央部分から周辺部分に向かう楕円形の形状になることが多いが、その楕円形の向きは犯人ごとに同じであることが多い。そこで、中心部分から周辺部分に向かって空間的な領域を区分して、犯人の行動を分類することが行われ、この領域を「犯行テーマ」と呼ぶ。例えば日本におけるレイプ犯の犯行テーマは支配性、性愛性(暴力性)、親密性(関与性))である。犯行テーマは基本的に2つの軸(道具型-表出型の軸と衝動的-計画的の軸)を用いて犯罪を分類でき、つまりあらゆる犯罪は4つのパターンに分類できる。ここで、道具型は何かの目的(例えば金銭を得るとか復讐を遂げる)をもつ犯罪、表出型は犯罪自体が目的の犯罪、衝動的は感情のままにその場限りで行われる犯罪、計画的は事前に計画された犯罪である。 最終的には多変量解析手法を用いて、犯人の属性や、犯人が次にとる行動などを予測する。

2.1.2.1.2 リンク分析
 プロファイリングの前提として、どの犯罪とどの犯罪を同一犯が行ったのか、何人の犯人が事件を起こしているのかを明らかにする必要がある。また、ある犯罪が発生したとき、その地域あるいは周辺の地域において発生している未解決、あるいは解決されたどの事件と同一犯が行った可能性があるのかを明らかにしていく必要が生じる。このような分析をリンク分析と呼ぶ。
 リンク分析の前提となる条件として、「個人内行動の状況間での一貫性」と「個人同定が可能な特徴ある行動」、つまり「頻度が低く犯人が一貫してとる行動」が存在していることが重要である。連続殺人事件においては、「犯罪のための道具を持ち込む」「証拠を隠滅する」「オーラルセックス」などの行動特徴と、「支配行動」「計画性」といった犯行テーマはリンク分析に使用しやすいが、「拷問」「死体隠蔽」「凶器の持ち込み」は頻度が高く、「遺体を燃やす」「遺体にポーズをとらせる」などは一貫性が低く、使用しにくい。ただし、リンク分析に使用する行動は、必ずしも単独のものでなくても良く、組み合わせとして珍しい一貫した行動をとっていれば同一犯の行動であると推定することができる。
 リンク分析の方法のひとつとして空間マッピングがある。発生した個々の事件を列に、犯行の手口を行にしたマトリクスを作り、個々の事件間の類似性を算出して、より類似している事件は近接して空間的にマッピングする。
2.1.2.3 その他の犯罪者プロファイリング
 FBI方式とリヴァプール方式以外の犯罪者プロファイリングについて記載する。

2.1.2.3.1 連続殺人の分類

 日本での連続殺人には、大きく分けて3つのパターンがある。

  • ストレンジャー連続殺人
  •  自分とは事前の面識がない、あるいは関係の薄い対象を性的な目的や妄想的思考の結果として連続して殺害するタイプである。このタイプの犯人はほとんど男性(性的な動機は男性が多い)。両親のそろった家庭に生まれており、母親の半数は専業主婦。父親の多くは定職に就き、中流階級であることが多く、見かけ上は平穏で恵まれた環境である。しかし、彼らの両親の70%はアルコール中毒で、三分の一には薬物乱用の問題があった。家庭生活は不安定で、家族間の結びつきは希薄、引っ越しも多く地域社会とのつながりも最低限である。多くが父親との関係に深刻な問題があった。68%で幼児期の虐待があった。動物虐待、児童期の放火、夜尿症が半数近くで見られた。被害者の年齢、職業、容姿は犯人の性的な嗜好を反映している場合が多い。
  • 経済的な目的による連続殺人
  •  相手から金銭などを奪うことを目的として計画的に強盗殺人や保険金殺人を繰り返すタイプである。このタイプの犯人は前科があることが多く、また、共犯がいる場合も多い、
  • 連続乳児・虐待殺人
  •  犯人は女性、対象は自分の子供である。出産直後の乳児や年齢の幼い子供が殺害されることが多い。望まない妊娠出産ののちにその子供を殺害することを繰り返す。

 FBIは連続殺人犯を秩序型と無秩序型に分類したが、連続殺人犯の検挙を目標とした枠組みであり、その動機や行動の理解のために使用するには向いていない。そこで、アメリカの犯罪心理学者ロナルド・ホームズは、ストレンジャー型の連続殺人犯をおもに動機に基づいて分類する枠組みを提唱した。

  1. 幻覚型連続殺人
  2.  犯人は基本的に妄想性の精神疾患にかかっており、妄想に従って殺人を犯す。最も多いのは被害妄想(「誰かが自分を殺そうとしている」「電波のようなもので攻撃されている」「みんなが自分の悪口を振りまいている」など)であり、注察妄想(「誰かが自分を監視している」「誰かが自分を盗聴している」など)もよく現れる。「誰かが自分を操っている」などのような感じが生じることもある。これらの妄想が同時に生じ、一連のストーリーが構築される場合を妄想構築という。ほとんどの患者は、はたからみて異常な行動を示すことはあっても犯罪を行うことはない。しかし、妄想が犯罪親和的なものとして構築されてしまった場合、自分を守るため、あるいは自分が生きるために犯罪が生じる場合がある。妄想はある程度は薬物等によって治療することが可能だが、問題は妄想が本人にとって極めてリアルに感じられるために、本人が自分を病気だと思わないことである。犯人は物証を隠滅しないため、日本ではすぐに検挙されてしまい連続殺人に発展することは稀である。
  3. 使命型連続殺人
  4.  ある特定の人種や、外国人労働者、売春婦、妊娠中絶をする産科医などを殲滅させることや、自分のイデオロギーに従った社会に対するプロテストあるいは社会改革など、ある偏った信念に従って殺人を繰り返す殺人犯である。「自警団」型の連続殺人犯は、社会的な支持を集める場合もある。
  5. 快楽型連続殺人
  6.  人を拷問したり、殺害したりすることと性欲が結びついており、この性欲を満たすために殺害を行っていくタイプである。犯罪行動の中には、レイプや拷問、性器に対する傷害などの性的な行動が含まれていることが多い。犯行の対象も自分の性的な好みを反映することが多い。
     性欲がなぜ殺人と結びつくかについて、精神分析によれば性欲は発達段階に従って、口唇や肛門、性器などの様々な場所に付着し、最終的に欲求の対象は異性に、目的は性行為になるべきものである。しかし、たまに異性以外の対象に性欲が付着したり(性対象異常)や、性行為以外の目的に性欲が付着する(性目的異常)ことがある。例えば、たまたまある対象を見ているときに性的な快感を得ると、その対象と性欲に古典的条件づけが生じてしまう。また、痛みや興奮、緊張感などと結びつく場合があり、窒息感や、暴力をふるうことやふるわれること、それに伴う痛みの感覚は結びつくことが多い。最もポピュラーなのはサディズムであるが、サディズム嗜好の人々の中で、相手を殺害するほどの極端なサディズムが現れる可能性がある。
     メカニズムについては、彼らの多くが子供時代や思春期に家族の暴力を日常的に目撃していたことや、暴力的なポルノグラフティーを好んで見たり、それを用いてマスターベーションをしていたこととの関連性が疑われている。また、人はトラウマテックな出来事を受けると、無力で卑小な自分という感情や低い自尊心を作り出し、それが原因となって暴力的なファンタジーを発展させ、その中に逃げ込みやすくなるとされる。そしてこのファンタジーが何らかの形で性欲と結びついたときに連続殺人者が誕生するという。一方、てんかん発作を含む脳異常の既往歴が報告されることが多いことや、幼い頃から様々な問題行動を多発させていることなどから、脳の器質的な問題、特に前頭葉機能に問題があるのではないかとも言われている。
     心理的なプロセスについて、おおよそ次のような「流れ」があるという。
    1. 空想の段階
    2.  実際の殺人に先立って、自分が殺人を犯したり、拷問をしたり、死体を解体する空想を頻繁に行う。多くの場合性欲と結びついており、マスターベーションなどを伴う場合もある。心理的な暴力の未熟な嗜好を、十分成熟した衝動へと転化させていく。
    3. 空想から現実への過渡期
    4.  空想では満足できなくなり、近所の知人や友人や店員、見かけた人物などの実在の人物を対象とした空想を行い、実際に犯罪を行うためのシミュレーションを詳細に行うことになる。次第に刺激が少なくなり、現実の犯罪を行うことを真剣に検討し始める。
    5. 暴力の実行の段階
    6.  周りの人間を次第に「ひと」としてとらえるのではなく、自分の欲求の対象となるべき「もの」として近くするようになる。犯罪を実際に行った場合、そこで感じる罪悪感から逃れるためにあらかじめ対象に対して軽蔑的な考えを抱き、認知をゆがめておく。
    7. 最初の殺人
    8.  三種類のケースがある。犯人の支配力の低下や空想通りに現実が進行しないことにより怒りを引き起こすケース。空想を実現するために被害者を「狩り」に出かけ、自分の思い描いていた犠牲者に出会ったケース。幻覚やアルコールなどの影響下で、自分では意識できない理由に突き動かされて殺害するケース。
    9. 現実との直面
    10.  現実の殺人は空想と異なり、犯人を満足させるものではない。犯人は、自分のイメージ通りの殺人方法や、死体の処分など、より洗練された方法を考えるようになる。
    11. フィードバックフィルター
    12.  犯人はしばしば、殺害時に記念品(遺体の一部や、殺人行為を象徴するもの)を持ち帰り、性的な欲求として、自分の殺人のイメージを想起する。マスターベーションの素材となることもある。しかし、このような行為はさらに空想を強化し、犯人に次の犯罪を行うように動機づけることになる。

女性による連続殺人は男性の連続殺人と異なる動機で行われることが多い。

  1. 黒い未亡人型連続殺人
  2.  女性の連続殺人の動機の中心は、金銭や経済的な利益を得るためであり、時代別に3つのタイプに分類できる。いずれのタイプの殺人犯も、事件前から浪費癖があり、見栄っ張りで注目を浴びることを好み、ウソつきや演技的な人格であることが多い。
    1. 古典的黒い未亡人
    2.  犯人は主に若くて美しい女性。比較的高齢の資産家や貴族などに近づいて結婚し、相手を殺害して遺産を得る。殺害方法はヒ素などを使用した毒殺が中心。
    3. 保険金殺人型黒い未亡人
    4.  適当な男性と結婚し、生命保険をかけて殺害して保険金を手に入れる。問題は、疑われないように身分不相応の高額の保険金に入れないことと、あまり頻繁に行えないこと。殺害方法は毒殺や、睡眠薬やアルコールを飲んだ上での溺死や転落死が多い。
    5. ネット利用型黒い未亡人
    6.  出会い系サイトや婚活サイトで、資産を持っているが結婚相手がいない男性、女性との交際に慣れていない男性、妻と死別した資産家の高齢者を狙って交際し、その過程で様々な理由をつけて資産をだまし取り、トラブルになったら殺害する。
  3. 死の天使型連続殺人
  4.  看護師(医師のケースは少ない)が自らの患者に薬物を注射するなどの方法で症状を悪化させ、その患者に救命措置などを繰り返すもので、結果として何人かの患者が死亡してしまい、連続殺人となる。被害者は、重病の患者や、乳児や幼児や高齢者など弱者が狙われることが多い。殺害方法は、薬物の注射(点滴にインシュリンやエピネフリンやモルヒネを混入)が多い。犯人は演技性の人格であることが多い。男性の場合もある。代理ミュンヒハウゼン症候群(母親が自分の子供を意図的に病気にして、献身的に看護する虐待の形式)との類似性が指摘される。
     この動機には3つのタイプが指摘されている。
    1. 医師の従属的な地位にあり、自身の能力が正当に評価されていないという不満を持っているため、わざと患者の状態を悪化させ焦っている医師を横目に適切な処置を行うという、自己顕示欲。
    2. 自ら意思決定して治療していくわけにはいかないため、自身の存在価値に対して疑問を感じている。自らが患者の生死をある程度コントロールできることを実感して、存在価値を確認する。
    3. 患者に対して嫌がらせをし、その患者の苦しむ姿や心配する家族の姿を見て、ストレスや不満を発散する。

2.1.2.3.2 大量殺人の分類

 日本で発生した大量殺人は3つのタイプに分類できる。

  1. 無差別殺傷型
  2.  日中、屋外で、銃や薬物など大量に人を殺害できるような凶器を用いて、自分と面識のない人間を無差別に殺害する。犯人は10~30代が多い。犯人はプライドが高いが、社会から正当な扱いを受けていないとして強い反発心を持っている。また、直近で解雇、離婚別居、いじめられるなどのストレスを感じる状況を経験している場合が多い。このような状況に陥った犯人は、社会自体あるいは自分をこのような状況に追い込んだと考えるカテゴリーの人々を殲滅し、自分も死んでしまおうと考える。ある程度長い時間をかけて、効率の良い方法や時間を選定するが、逃走手段は考えない。多くの犯人はバックアップのための武器を携行し、本人が入手可能な最も殺傷力の高い武器を使用する。事前に遺書やビデオやネット上でメッセージを残すことが多い。覆面などはせず、自ら記録を残そうとする場合さえある。凶器が刃物の場合、自殺未遂で終わることが多い。
  3. 凶悪犯罪・強盗殺人型
  4.  男女トラブル、金銭トラブルなどの解決や個人的な恨みを晴らすために相手やその取り巻き、家族なども同時に殺害する者や、強盗の際に家人や従業員を複数殺害する者、暴力団同士の抗争などの過程で対立するグループの構成員を複数殺害する者などがいる。犯人は30~50代が多く、共犯を伴うことが多い。窃盗、強盗、殺人などで前科があることが多い。犯行は夕方から夜間に行われる。事件現場は被害者の自宅や店舗など。犯人と被害者の間には事前の面識があることが多い。事前に計画を立て、逃走方法の検討や証拠隠滅、遺体遺棄を行う。
  5. 一家心中型
  6.  犯人が男性の場合、おもに自営業の50代以上で、経営上の問題、借金の問題、介護の問題から、将来を悲観し、一家心中を決意し自宅で家族を殺害する。夜間から明け方にかけて犯罪を行う。犯行後に自殺する場合が多いが、死にきれない場合に検挙されたり自首する。証拠隠滅、逃走準備は行わず、遺書を残す場合もある。
     犯人が女性の場合、おもに無職の20~30代で、経済的な問題や子育ての問題などで将来を悲観し、子供を殺害して自殺する。犯人はうつ病などの状態にあることが多く、子供とともに高所から飛び降りたり、電車に飛び込むなどの形態をとる。

2.1.2.3.3 テロリズムの分類
 テロリズムとは、暴力的な非合法行為により人々に恐怖を引き起こし、その恐怖を利用して、政治的な目的を達成しようとすることをいう。具体的には、殺人、傷害、爆破、脅迫、誘拐、ハイジャック、人質立てこもり、毒物や生物兵器の散布などが行われる。テロリストの動機や行動パターンを理解したり予測するためには、パーソナリティよりも、背後に存在する大義を理解することが必要である。

 日本で発生する可能性のあるテロは、思想で分類すると、5パターンある。

  1. 左翼による政治テロリズム
  2.  左翼運動は、社会主義革命を起こして資本主義体制を打破することを目的とする運動であり、この集団が行うテロ。資本主義体制を破壊する行動自体や、国民に資本主義体制の矛盾に気づかせ、革命的な行動に参加するように動機づけるための先駆けになることを目的とする。現在ではいっそう孤立を強め、次第に高齢化し、衰退しつつある。
  3. 右翼による政治テロリズム
  4.  右翼運動は、国家主義、民族主義に基づく政治運動であり、最終的には、天皇家を中心とした伝統文化に基づいた国家を築くことを目的とした運動(ただし、現在の運動の中心は反共産主義、反社会主義)であり、この集団が行うテロ。要人一人を殺すことによってその他大勢の一般国民が救われるという「一殺多生」、一身の利害を捨てて国家民族のために死のうとする国家奉仕の観念である「没我献身」などの精神を持っているために、過激な行動に打って出ることがある。
  5. 原理主義者による宗教テロリズム
  6.  原理主義は、それぞれの宗教集団において、聖書などの原典を絶対視し、進化する社会への安易な妥協を拒み、宗教的な価値観に従って生活することを目的とする一派のことであり、この集団が行うテロ。他文化や宗教の侵入や、堕落した宗教者に対してテロによる実力行使を行う。
  7. 新興宗教テロリズム
  8.  新興宗教団体が主体となって行うテロ。社会を敵視しており社会を壊滅させることが必要であると考えている場合や、自分の宗教団体に対して妨害活動をする(と妄想的に考えているだけの場合もある)集団に対する攻撃、自分の宗教の政治的な地位を確保しようとするためなどに行う。集団自殺を行う場合もあるが、自殺の意図のない者や乳幼児まで虐殺するケースもあり、これも一種のテロだと考えることができる。
  9. 単一論点型テロリズム
  10.  ミクロな単一の論点を目標に設定するテロ。中絶反対、銃規制反対、開発反対、動物実験反対、反核、各種の民族主義的な主張などの論点が設定される。反開発、反動物実験、反捕鯨などの過激なエコロジー運動を展開するエコテロリズムは、近年話題に上ることが多い。その主体はローンウルフ型テロリストや小規模な集団である特徴がある。

 テロリストを個人の特性で分類すると、7パターンある。

  1. 使命型
  2.  ある思想や宗教に共鳴し、その思想を実現するために殺人を含む反社会的行為をすることもやむを得ないと考えるタイプ。学生運動時代の運動主導者や日本赤軍メンバー、宗教的テロ集団の幹部などがある。
  3. ローンウルフ型
  4.  使命型ではあるが、集団に属さず、マスコミなどの影響でその思想に感化され、個人としてテロ行為をするタイプ。
  5. 妄想型
  6.  妄想に主導されてテロを行うタイプ。犯人は、妄想性パーソナリティ障害、誇大妄想、統合失調症、反社会性パーソナリティ障害などと診断される。宗教的なテロの場合、教祖や上層部はこのタイプである可能性が大きい。
  7. 職業型・兵士型
  8.  ある集団に属し、そこで自らの役割を果たすことによって自己実現を果たすが、自らが受け持った職務がたまたまテロ行為であるだけであり、有能な兵士、あるいはビジネスマンであるというタイプ。
  9. 追従型
  10.  リーダーからマインドコントロールを受け、あるいは命令や感化を受けてその指示に従ってテロ行為をするタイプ。依存性などの個人特性と、集団斉一性などの社会的影響力などによるものがある。自殺テロをする可能性がある。
  11. パワー型
  12.  自分が社会に対して何らかの影響を与えることができるという、パワー感覚を確認するためにテロ行為をするタイプ。国家や社会に対する政治的なメッセージを発する場合もあるが、その主張のために犯罪をしているというよりは自らの行為を正当化するため、あるいは単なるゲームとしてイデオロギーを援用していると思われる。基本的に単独で犯行を行い、知的水準が高い場合も多い。
  13. 自爆テロリスト
  14.  犯人が爆発物を自らの体に巻き付けたり、自らの運転する車や船舶に爆弾を搭載して標的に突っ込んでいくタイプ。コストや技術をかけずに標的に接近でき、成功率が高いことと、心理的なインパクトが強くメディアに報道されることが多い特徴を持つ。広い意味での追従者に分類できる。
2.1.2.4 社会理論による捜査
 社会理論は社会現象を説明するためのモデルであり、犯罪捜査や犯罪予防で使用されることがある。

2.1.2.4.1 合理的選択理論
 合理的選択理論によれば、犯罪者は「リスク」と「コスト」と「報酬」のバランスを見ながら犯罪を行っている。「リスク」は警察による逮捕、法的制裁、社会的制裁(近所の人の反応など)である。「コスト」は実行の労力である。「報酬」は、金銭などの物理的な報酬の場合もあれば、快楽や安堵やスリルなどの心理的な報酬の場合もある。限られた環境や時間や情報の制約下で、最小限の「リスク」と「コスト」で、最大限の「報酬」が得られるように行動を選択する。選択には、「犯罪への関与に関する意思決定」と「犯罪の実行に関わる一連の行動に関する意思決定(犯行の準備、犯行現場への移動、目的とする犯罪行為、犯罪の隠蔽工作、犯罪場所からの離脱、犯行後の関連行動(捜査状況の確認や犯行声明など))」が含まれる。計画的ではない、衝動的な犯行においても、本人にとって主観的な合理性ともいえる習慣的な決定に基づいていることが多い。
 殺人を実行する際の一連の行動は、被害者と接触する前の犯行前の段階(犯行の日時、場所、対象、犯行場所への移動手段、凶器や道具の準備、対象へのアプローチ)、被害者と接触して殺害するまでの段階(被害者の支配・制御方法、行為、証拠)、被害者から離脱する犯行後の段階(犯行終了の契機、逃走手段)に大別される。犯行前と犯行後で選択された行動は犯罪者の持つ資源や犯罪者の都合に依存する。ここで合理的な判断をしていれば計画性が示唆され、非合理的な判断であれば衝動性が示唆される。広域を移動できる移動手段を持っていれば、車両を維持できる経済力や、運転に必要な認知能力や行動制御能力を持つことが示唆される。殺害する際の行動は犯行場所の環境や、被害者の態度や言動に依存する。
 犯罪スクリプトとは、犯罪者がある特定の犯罪を敢行するために必要となる手順を段階的に説明するものであり、形成されると犯罪の実行に必要とされる段階的な意思決定が自動的かつ的確に行われる。殺人の犯罪スクリプトには、目を通せていないが、Cassar、Ward、Thakkerらによる「A descriptive model of the homicide process.」や、Brookmanによる「The role of congnition affect and ‘expertise’ in homicide.」で述べられている。

2.1.2.4.2 日常活動理論
 日常活動理論によれば、犯罪者と被害者の直接接触を伴う身体犯罪が発生するためには、「同じ時間、同じ空間」において「①動機付けされた犯罪者」と「②ふさわしい犯行対象」と「③抑止力のある監視者の不在」の3条件が揃っている必要がある。監視者には、警察官やガードマンだけでなく、通行人や監視カメラも含まれ、見通しの良い通路などは犯罪の抑止力になる。
 犯罪の発生地点には犯罪者の日常の活動パターンの時間的、空間的な痕跡が残っているので、環境の周期的な変動を考慮できれば、一連の犯行地点群から犯罪者の主な活動領域を推定したり、捜査の優先順位を決定することができる。