2 殺人の心理
2.1 犯罪心理
2.1.1 犯罪原因論
犯罪原因論は、犯罪の原因について明らかにしようとする研究分野である。主に3つのアプローチから研究が行われている。
- 生物学的アプローチ
- 社会学的アプローチ
- 心理学的アプローチ
2.1.1.1 視点
2.1.1.1.1 緊張理論
2.1.1.1.2 副次文化理論
2.1.1.1.3 統制理論
2.1.1.1.4 ライフコース理論
2.1.1.2 反社会的な認知傾向
犯罪を促進する先行刺激があっても、人は4種類の社会的絆によって犯罪を抑制していると考えられている。
- 愛着
- 投資
- 没入
- 信念
ビッグフォーの中に出てくるパーソナリティとは、「その人の情緒、思考、行動などの比較的安定した傾向」であり、反社会的パーソナリティとは、犯罪者に共通する3つの特性を持つパーソナリティである。
- 情緒性特性
- 思考的特性
- 行動的特性
サイコパスとは、犯罪に親和しやすいパーソナリティの一つであり、以下の4種類の特徴を持つ。
- 対人関係に関する特性
- 情緒面に関する特性
- ライフスタイルに関する特性
- 反社会性に関する特性
反社会的認知とは、犯罪を許容したり、望ましいものとして接近する認知のことである。
- 中和の技術
- 犯罪的他者への同一化
- 慣習の拒絶
- 敵意帰属バイアス
- レイプ神話
2.1.1.3 生物学的脆弱性
生まれて間もなく里子に出された(つまり、「実の親」と「育ての親」が存在する)子供たちの行動を追跡した研究結果によれば、子供たちのその後の犯罪歴は下表のようになった。遺伝的負因(生物学的脆弱性)を抱えていても、環境にそのリスクを助長するような条件がそろわない場合には、犯罪行為を起こしにくい。これは、生物学的脆弱性に環境からのストレス要因が作用して犯罪を発現するとも、生物学的脆弱性を持っている者が環境からのネガティブな影響を受けやすいとも言われている。
実の親 | 育ての親 | 子供たちの犯罪歴 |
---|---|---|
犯罪歴あり | 犯罪歴あり | 40% |
犯罪歴あり | 犯罪歴なし | 12% |
犯罪歴なし | 犯罪歴あり | 7% |
犯罪歴なし | 犯罪歴なし | 3% |
2.1.1.4 精神障害・神経障害
2.1.1.4.1 パーソナリティ障害
パーソナリティは「その人の情緒、思考、行動などの比較的安定した傾向」である。パーソナリティ障害とは著しく偏ったパーソナリティのことを指し、生活上大きな苦痛や問題を引き起こしているようなものである。A群(奇異型)とB群(劇場型)とC群(不安型)にカテゴライズされ、犯罪と関連が大きいのはB群である。
- 猜疑性・妄想性パーソナリティ障害
- 反社会性パーソナリティ障害
- 境界性パーソナリティ障害
- 演技性パーソナリティ障害
- 自己愛性パーソナリティ障害
- 依存性パーソナリティ障害
2.1.1.4.2 統合失調型障害
- 統合失調症
- 基本症状:ブロイラーによれば、経過中に必ず見られる基本症状(連合弛緩、感情障害、自閉、両価性)と、必ずしも見られない副症状(幻覚・妄想、緊張病症状)がある。シュナイダーによれば、身体的基礎疾患がなく一級症状(自分の考えが声として聞こえる考想化声、話しかけと応答形式の幻聴、自己の行為を指示する形の幻聴、身体への影響体験、考えを他人に取られる考想奪取やその他思考領域での影響体験、自分の考えが他人に伝わる考想伝播、妄想知覚、感情や意思の領域でのさせられ体験や影響体験)が見られる場合は統合失調症の診断確率が高いとした。
- 客観的症状:言葉、表情、身振り、行動など外側から見える症状。身振りはぎこちなく、顔面は無表情で硬く、何かにおびえている様子で警戒的。眉をひそめたり、顔をしかめたり、口を尖らせたり、特におかしくないのに笑う。単調な張りのない声で呟くようにしゃべり、独り言を言ったり、同じ言い回しを繰り返す。話している途中で思考が途切れて黙ったり、自分しか分からない言葉を作ったり、言葉や短文を無意味に反復したり、無意味な言葉を断片的に並べる。質問に対して即座に応答するが、回答は出まかせで見当違いである。意欲が減退し、毎日を無気力に過ごす。緊張病性興奮に陥ると、突然興奮して訳の分からないことを口走ったり、泣きわめいたり、攻撃になったり、自分自身を傷つける。緊張病性昏迷に陥ると、意識ははっきりしているものの、まったく動かず呼びかけにも応じなくなる。この時、手足は硬くなっており、他動的に姿勢をとらせると、その姿勢を長く保つ。
- 主観的症状:心の中に現れ、その体験を語ると明らかになる症状。話にまとまりがなく、1つの主題が他の主題に飛躍する。それが顕著になると、全体としてまとまりがなくなり、何を話しているのか分からなくなる。外界の出来事について誤った不合理さや疑念を抱き(念慮)、やがて誤った絶対的確信(妄想)に変わる。統合失調症では、発生した理由が心理的に説明できない一次妄想が特徴的。人の声による幻聴が多く、ののしったり、非難したり、脅したりする声が聞こえる。自分の考えていることが他人の声になって聞こえてくる。幻触もしばしばあり、脳がドロドロに溶けていたり、脳が引っ張られる感じがしたり、頭の血管が動く。自分の考えや行為が他人から操られていると感じる。自分の考えが抜き取られる。人の考えが頭の中に吹き込まれる。自分の考えが他人に操られる。自分の考えが他人に知られてしまっている。状況にそぐわない感情反応。同一の対象に好きと嫌いという相反する感情を同時に抱く。感情鈍麻。自閉。言語レベルおよび非言語レベルでの交流不能。
-
一次妄想(妄想気分)何が起きているのか具体的に言葉で述べることはできないが、慣れ親しんでいた世界が、不気味な世界に覆いつくされたと感じる。急性期初期には、世界が刻一刻と破滅に向かいつつある危機感を抱きやすい。
-
一次妄想(妄想知覚)妄想気分に続いて起こりやすい妄想であり、街中ですれ違った見知らぬ女性を見て自身の結婚相手だと確信したり、玄関にあった赤いサンダルを見て妹が殺されたと確信するなど、特別意味のない知覚体験に妄想的な意味付けをする。
-
一次妄想(妄想着想)ある日突然、何の媒介もなしに、「自分は総理大臣になった」や「誰かに狙われている」といった考えを思いつき、確信する。慢性期に起こりやすい。
-
二次妄想見知らぬ組織や周りの人が自分を陥れようとしていたり(迫害妄想)、メディアで自分に関係したことを報道していたり(関係妄想)、電車の中でいつも誰かに見られていたり(注察妄想)、絶えず誰かに尾行されていたり(追跡妄想)、食べ物の中に毒が入れられていて殺されようとしていたり(被毒妄想)、紙や悪魔やキツネが自分に乗り移っていたり(憑依妄想)、自分の行為が他の力によって影響を受けていたり(影響妄想)、誰かがレーザー光線で自分にいたずらをしていたり(物理的被害妄想)、発病初期には被害的内容の被害妄想が多い。慢性期になると、自身が天皇家の家系であったり(血統妄想)、自身が神に召された救世主であったり(宗教妄想)、テレビの美人アナウンサーから愛されていたり(恋愛妄想)、世にもまれな道具を発明・考案していたりする(発明妄想)、誇大妄想が出現しやすい。
-
妄想型発病が遅く、30歳代での発病が多く、40歳代で発病する場合もある。幻覚妄想状態で急激に始まる。妄想主題は、被害妄想、関係妄想、誇大妄想、嫉妬妄想、血統妄想、宗教妄想など。人格は比較的保たれていることが多く、近所とトラブルを起こしたり、異常な行動を起こしたりすることはあるが、ある程度社会生活を送ることが可能。慢性化すると人格変化をきたし、荒唐無稽な妄想とともに自閉的な生活を送る場合がある。
-
破瓜型14~25歳での発病が多い。症状があまり目立たず徐々に進行する。主症状は意欲の低下と感情の平板化で、断片的な幻聴や妄想、話のまとまりのなさが見られる。経過は進行性であり、次第に閉じこもって自閉的な生活を送るようになる。
-
緊張型20歳前後での発病が多い。突然攻撃的になったり、逆にほとんど無動の昏迷状態になる。再発と寛解を繰り返しても、病後は良いことが多い。
-
単純型破瓜型と同じ経過をたどるが、幻覚や妄想は現れず、陰性症状が軽微に見られる。精神病的側面はあまりない。
-
前駆期頭重感、倦怠感、易疲労感、抑うつ気分、思考力・記憶力の低下、不眠、口数の減少、家への閉じこもり、周囲への無関心など、日常生活における不活発さが見られ、神経衰弱様状態を示す。
-
初期・急性期妄想気分から始まり、幻覚や妄想など、統合失調症に特有の症状が発生する。病識は無く、体験に支配された異常な行動が見られることがある。病型によっては、興奮と昏迷を繰り返す。多くの場合は、数週間から数ヵ月の治療によって幻覚や妄想が落ち着き寛解する。寛解した場合も、治療を続けていても27%が再燃し、治療を続けていなければ64%が再燃する。
-
慢性期急性期の症状が消退し、感情鈍麻、積極性の低下など情意面での障害が目立ち、ひきこもりや社会活動の低下が見られる。さらに進行すると、人格が荒廃し、自身の身の回りのこともできない自閉の生活を送るようになる。統合失調症が完全に治るのは14%程度で、患者の半数は悪化の傾向をたどり、荒廃ないし社会活動の低下が見られるようになる。
- エロトマニア(色情亢進、クレランボー症候群)
統合失調症の症状は、基本症状、客観的症状、主観的症状から表現される。
先に述べた妄想は一次妄想と二次妄想に分類でき、さらに一次妄想は3タイプに分類できる。
統合失調症は症状や経過から4つの病型に分類できる。
統合失調症の経過は、前駆期、初期・急性期、慢性期からなる。
典型的な症例を次に示す。
(緊張型の統合失調症)
患者は10代男性。高校生のとき、不眠、食欲不振、倦怠感とともに、何か恐ろしいことが起こりそうな気分(妄想気分)がして怖いと言って精神科を受診。抗統合失調薬を内服して症状は落ち着いたが、薬を飲むと気持ち悪くなるので、半年後に治療を中断した。さらに半年後、誰かの声に命令されたり(幻聴)、誰かが自身を殺しに来る(被害妄想)症状を生じ、一睡もできない状態が2日間続いた後、夜中に突然大声を上げ、ガラスを割り、自分の持ち物を窓から外へ投げ始めた(精神運動興奮)。神経学的、身体的異常は見られず、頭部MRIや脳波検査は正常であり、血液、尿検査でも異常は見られなかった。措置入院からおよそ3ヵ月で軽快退院した。
|
(破瓜型の統合失調症)
患者は40代女性。高校入学後、次第にだらしなくなり、成績も悪くなった。その後、誰かにさせられているかのように感じ、突然笑いだしたり、大声を上げたりした(させられ体験)。また、外に誰もいないのに他人の声が自身の言動を批判したり(幻聴)、自身の考えが声になって頭の中に聞こえたり(考想化声)、自身の考えたことが筒抜けになったり(考想伝播)、近所の人が自身の噂をしたり(被害妄想)するように感じ、病院を受診した。治療により症状はほぼなくなったが、高校は中退し、アルバイト等も続けることができなかった。現在の問題点は、家の中に閉じこもりがち(自閉)で、じっと座っていることが多く(意欲低下)、感情の表出に乏しく(感情鈍麻)。神経学的、身体的異常は見られず、頭部MRIや脳波検査は正常であり、血液、尿検査でも異常は見られなかった。
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患者は28歳男性。上司と意見が対立した後、盗聴されたり、組合員にマークされたり、テレビアンテナにマイクが仕掛けられていると感じるようになった。職務質問を受けたことから、スパイに追われてマークされていると確信し、まったく外出しなくなった。チリ紙交換車を会社の回し者と考えたり、出された食事に毒が入っていると言って食べなかったり、ドアを開けて隠れていないで出てくるように叫んだり、トイレに入って暴れれば宇宙に行けると宇宙人に言われ、店のトイレットペーパーをすべて引き出したり、奇行を繰り返した後、誰かに狙われているとして恐怖におびえて病院を受診し、即日入院した。入院直後は「おい、ジュリー、上空で待機せよ、あと3時間でマドリッド空港ランディング、OK」と話したり、「俺は天皇の長男、社長はバカだ」と言って他人をバカにしたり、スピーカーの裏から自身の悪口が聞こえると訴えたり、地球の滅亡は早いと話したり、その場にいない人間に返事をしたり、ニヤニヤ笑ったりする様子が見受けられた。入院治療を受けるに従い幻覚妄想状態は改善されたが意欲減退が目立つようになり、なかなか気力が出ない状態になった。
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患者は20歳女性。高校に進学したが経済的な理由により商業学校に転校し、その頃から「人間関係がうまくいかない」と感じるようになった。特に具体的に誰かとトラブルがあったわけではなく、成績も良好だったため、担任の教師は首をかしげていた。会社に勤務するため転居したころから、「うまくいかない感じ」が強くなった。また、家が恋しいと思う反面、母親からの拘束が強すぎるという感じが強くなるように思え、時に母親を全く理解できないように思えた。自殺を企図する半年前、家族で暮らすために転職し、それと同時期に両親が離婚した。仕事は楽しかったが人間関係がストレスとなり、なんとなく他人が自身のことを見て、自身が少しおかしいということに気付いているようだった。それが原因で仕事が手につかなくなり、1ヵ月で退職した。病院のケアワーカーとして勤務を始めるが、ここでも「人はどうして成長するのか」といった考え事や、自分でも不自然で理屈に合わないと思う考えを同時にしてしまう。また、当たり前ということがどういうことか分からなくなり、自分は他の人と同じだということが感じられなくなった。10日前後で退職した後、住み込みの仕事ならうまくやれるかもしれないと考え、託児所の仕事の面接を受けて採用された。初めての出勤日、洋服にアイロンをかけ出勤の準備をしていたが、その直後に大量服薬を行い意識不明の状態でいるところを発見され、病院に搬送された。(寡症状性統合失調症ならびに初期統合失調症の症状があるとしつつも、乳幼児期の発達が遅く、小さい頃から物静かで同年代の子供とほとんど遊ばなかったことから、アスペルガー症候群の可能性もあるとされる)
|
(緊張型の統合失調症)
患者は男性。30歳過ぎ頃からよく眠れなくなってきた。何とか眠ろうと毎晩のように飲酒するようになったが、それでもよく眠れず、日中は下痢が続くようになった。一方、不況が悪化していく中で、自分がリストラの対象ではないかという疑念を持ち始めた。不況の深刻化によって仕事がきつくなり、不眠は悪化していた。毎晩飲酒するため、日中もアルコール臭をさせているという噂が社内に流されていると感じ始め、会社上層部への不信が強まっていった。やがて、いつも頭の中に雲がかかっているように感じ、気分も憂うつで意識がスッキリせず、社内で書類を読んでも理解力が落ちて能率が悪く、疲れがたまっているという感じが強かった。状況が悪循環する中、上司に誘われて飲みに行き、遅くなったのでカプセルホテルに泊まった。ほとんど一睡もできず翌朝出勤したが、自身が事業報告をする予定だった席に上司が3人しかおらず、おかしいと思った。アルコール臭のために会社が自身を辞めさせようとし、その筋書きができていると思い込んでいた。いたたまれなくなり会社を飛び出したが、途中の電車の車内でストーカーのような人に付け狙われ、見張られていることに気づいた。駅を降りると、バスがなかなか来ず、昼なのに商店はシャッターを下ろし、カメラ中継車が停まっていたことから、会社の指示で自身が撮影されると思い込んだ。その夜は一睡もできなかった。翌日は休日だったが、競馬に行こうと外に出ると、途中に怪しげな人や黒い車がおり、これはやばいと競馬に行くのを止め、喫茶店に入ってコーヒーを飲んだ。このころから周囲の風景が変わり始め、他人との間に距離ができて現実感がなく、白黒の世界になっていた。帰宅してテレビを見ると、アナウンサーが自身を悪口で誹謗中傷していた。翌朝、父親宅に行こうとした。いろいろな車が自分の周りをぐるぐる回っているので、証拠を撮ろうと店でカメラを買ったところ、車は来なくなった。この頃から宇宙人が現れ監視しているように感じ、宇宙人が地球に侵入してきたと思った。誰が宇宙人で誰が地球人かはすぐ分かった。一方、国家レベルで自身に何事かを隠そうとしているとも思えた。父親宅で父と弟に話したところ、2人はマインドコントロールされている感じがして、なにかの実験台にさせられているように思えた。元来無神論者だったが、神がいるように感じられ、たまらず神に助けを求めた。連日睡眠できておらず、その夜は神とゲームを始め、地球を賭けたが負けてしまった。ひどい恐怖感に襲われ、これでこの世は終わりだと思った。翌朝、父が予約した精神病院を訪れたが、診察に現れた医師の顔が鳥に見え、鳥類の代表として自信を捕えに来たと思い込んだ。その直後から記憶が途切れた。
患者は不安・焦燥状態にあり、診察は要領を得ず支離滅裂だったため、即入院となり、24時間点滴による持続睡眠療法を受けた。この間、看護者の話しかけに時々応じるが、まったく要領を得なかった。3日後に目覚め、病院にいることを了解できたが、会社が自身を解雇しようと陰謀をめぐらし、そのために自身がおかしくなったという認識を示した。入院から約1ヵ月後に、「会社の陰謀」が自身の思い込みだったと認識した。
|
患者は21歳の男性。両親の不仲の中に育ち、幼少期から自身はどこか人と違うという違和感に悩み、孤立していた。高校卒業後、希望した大学に入れず、浪人生活を送りながらアルバイトを転々としていた。アルバイト先では人間関係がうまくいかず、いつも辞めるように仕向けられたと感じていた。唯一の支えであった祖母が亡くなった頃から、周囲への違和感が強まり、外出ができず、家の中で引きこもりに近い生活が始まった。半年間、孤立の中で不眠と不安・焦燥にあえいだ後、「自殺しろ」などと男性の声で幻聴が聞こえてきた。何か組織があって、そこから言ってくる感じがした。その組織は国家のようなもので、自身だけがそこから排除され、自身以外は全部そこに入っている。幻聴の主は組織を背景にした権力をもって自身に色々命令し、自身を社会から抹消しようとしていると感じた。追い詰められて山奥に行き、自殺を図った。この際、行く先まで声が指示してきた。
|
患者は男性。ワンマン的父親に反抗しながらも従わざるを得なかったが、大学卒業とともに父親のあっせんで大企業に就職した。会社が怖いと言って、出社二日目から出勤を拒否した。そのまま自宅に引きこもるうち不眠が始まり、うつ状態に陥っていった。三ヵ月目ごろからは言動がおかしくなり、「ソバ屋に入ったら自分が監視されている。怖くて慌てて飛び出してきた」「近所の商店街の人々が自分を付け狙っている」などと言い、家を飛び出そうとしたりするに至った。
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患者は女性。高校時代から対人恐怖症に悩んでいたが、28歳で肺結核にかかり、入退院を繰り返した。その後も対人恐怖が強く、被害念慮があったため、ずっと独身で生活保護を受けて過ごしてきた。40歳頃、近所の人が自分のことを警察官に噂したという話を聞き、それ以来「警察が自分を監視している」と思い始めた。その後何回か転居もしたが、行く先々で警察が盗聴器や盗撮カメラを使って自分を監視し、さらには警察官が変装して家に潜り込み、絶えずいろいろなものを盗っていったりするという。
|
患者は男性。高校卒業後印刷会社に就職したが、20歳で会社が倒産し失職する。以後失意の生活の中で、ある女性が自分を愛しているのに周囲の邪魔で結婚できない、という恋愛妄想と、自分は皇室の隠された子孫でいつかは招かれることになっている、という血統妄想を育んでいった。その後、恋愛妄想の対象は移り変わり、行く先々で特定の目立つ女性がその対象になる。病院入院中、ある女医が対象となり、彼女は皇室の出で自分と結婚するはずであると思い込み、回診のたびに彼女に迫ったが、断られると執拗には追いかけない。
|
患者は男性。大学卒業後、哲学の大学院に進んだ。大学院3年で自身の進路に悩み、一方で哲学書に読みふけりすぎ、夜中まで起き、深夜外を歩き回ったりし始めた。この頃、自宅の井戸水が水道に変わり、それを機に尿が出にくくなったと感じ始めた。同時に様々な身体の変調を自覚し、内科や耳鼻科などを受診したが、異常は認められなかった。その直後、「母親が自分に毒を入れた、それで自分の体がおかしくされた」「大学の教授が自分に嫌がらせをしようとしている。母親がその一味で、自分に悪さをする」などとと言い、母親に暴力を振るうようになり、精神科に入院した。
|
患者は男性。大学卒業後、就職がうまくいかずドイツに三ヵ月留学した。その間、3時間睡眠で頑張ったという。帰国後間もなく、まだ疲れも取れない中、父の縁故である大企業に就職することになった。その面接時に、自分ともう二人の新入社員が将来の役員候補として予定されていると直感した。その期待に沿おうと張り切って仕事を始めたが、なぜか周囲の抵抗が強く、行き詰まりを感じ、不眠も高じてきた。同時に自分が会社の幹部の依頼者から監視されていると思い込み始め、一ヵ月後には床の下からガスが上がってくるという幻覚も出てきて、不気味さの中で追い詰められ急速に錯乱状態に陥っていった。こうして彼は、緊張病性興奮状態で入院し、飛び降り自殺を図ったが一命はとりとめた。以後入退院を繰り返したが、10年後の半年間の入院では、軽い焦燥性興奮状態の持続を基盤に、幻声を伴う政治的な妄想を前景にし、同時に恋愛妄想的傾向が顕著だった。彼自ら政治妄想と呼んでいた前者の妄想は、一方で時の総理大臣などの声で「今度の選挙に立候補してください」と言ってくるなど自分が時の政治状況を支配し得るという誇大的な妄想と同時に、何か発想すると、直ちにそれが政府に盗まれてしまうという発想を盗まれる苦しみを抱えていた。その後、焦燥性興奮状態は徐々に収まったが、体系化された政治妄想は強固に残っていった。
|
患者は女性。大学卒業後、就職について家族と衝突し、孤立しがちになり、昼夜逆転の生活が始まった。ニキビができ、美醜にこだわる彼女は大学病院の皮膚科に通ったが、顔の皮膚がひどく変形したと感じた彼女は、人体実験のせいだと信じ込む。皮膚科へ行ったが相手にしてくれず、その帰途、皮膚科を中心とした秘密組織が自分を狙っていると思い込んだ。迫害妄想的な興奮が始まり、精神科入院となった。妄想は残ったが、興奮の収まった彼女は退院となった。男性と同棲を始めたが、あるとき性的交渉中に「見たぞ」「うまくやっているな」などの声が聞こえ、その後テレパシーで自分の考えが全部周囲に伝わってしまい、恥ずかしい思いをした。
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患者は男性。幼いころから孤立し、いじめの対象になっていた。一方、父親の意を受けて、偉くならなくてはいけないという思いが強く、勉強は熱心にやっていた。高校二年でいじめに遭い、学校を休み始めたが、やがて徐々に幻覚・妄想状態に陥り、「近所の人たちが自分を狙い、悪口を言ってくる」と大騒ぎして精神科入院に至った。入退院を繰り返したが、幻覚・妄想状態は慢性化し、特に夕方ごろ大声をあげて騒ぐことが続いた。父親が病死し、改めて精神病院に入院した後は、「あいつはバカだとみんなが侮辱してくる」と大声を上げ騒いだ。医師に対して彼は非常に丁寧であり、「僕は一生懸命に勉強して東大医学部に入学し、皆のためになるように頑張ります」と語り、受験参考書を一生懸命に読んでいた。医師が、もう少し現実的に人生を考えるように勧めても、その場では「そうですね」と答えるが、実際には変わらない。
|
2.1.1.4.3 薬物中毒、アルコール中毒
- 薬物中毒
- 急性アルコール中毒
- アルコール使用障害
2.1.1.4.4 感応精神病
2.1.1.4.5 PTSD
2.1.1.4.6 躁うつ病
2.1.1.4.7 カプグラ症候群、フレゴリ症候群、相互変身症候群、自己分身症候群
2.1.2 捜査心理学
2.1.2.1 FBI方式の犯罪者プロファイリング
2.1.2.1.1 犯罪の被害者、種類、方法による分類
秩序型と無秩序型の犯人像をまとめると下表のようになる。
特徴 | 秩序型 | 無秩序型 |
---|---|---|
知能 | 平均かそれ以上 | 平均以下 |
社会的能力 | あり | なし |
職業 | 熟練を要する仕事 | 熟練を要しない仕事 |
性的能力 | あり | なし |
出生順位 | 長男が多い | 末子が多い |
父親の職業 | 安定 | 不安定 |
幼少期のしつけ | 一貫していない | 厳格 |
犯行時の感情 | 統制されている | 不安定 |
犯行時の飲酒 | あり | なし |
原因のストレス | あり | なし |
居住状況 | 配偶者または愛人と同居 | 独居 |
移動性、車 | 移動性高い、いい車 | 犯行現場近くに居住または職場あり |
事件のニュース | 関心あり | 関心なし |
犯行後 | 転職、転居 | 目立つ行動変化(薬物使用、飲酒、宗教への傾倒など) |
2.1.2.1.2 犯罪分類マニュアル(CCM)
CCMによると殺人の動機は4つの大分類「営利目的の殺人」「個人に起因する殺人」「性的殺人」「集団に起因する殺人」から構成され、さらにそれぞれが中分類を持つ。
- 営利目的の殺人
- 契約殺人(第三者による殺人)
- ギャングによる殺人
- 犯罪組織内での争いによる殺人
- 誘拐殺人
- 製品の改変・汚染による殺人
- ドラッグ殺人
- 保険金・遺産関連の殺人
- 個人的利得のための殺人
- ビジネスでの利得を目的とした殺人
- 重罪殺人
- 無差別重罪殺人
- 偶発的重罪殺人
- 個人に起因する殺人
- 恋愛妄想(エロトマニア)を動機とする殺人
- 家庭内殺人
- 偶発的家庭内殺人
- 偽装家庭内殺人
- 口論・喧嘩による殺人
- 権力者の殺人
- 報復殺人
- 特定の動機のない殺人
- 過激主義者による殺人
- 恩情殺人・自己英雄化殺人
- 恩情殺人
- 自己英雄化殺人
- 人質殺人
- 性的殺人
- 秩序型の性的殺人
- 無秩序型の性的殺人
- 混合型の性的殺人
- 加虐的殺人
- 集団に起因する殺人
- カルト殺人
- 過激派集団による殺人
- 集団的興奮による殺人
物質的な利得(金銭、物品、土地、恩恵など)のために行われる殺人。
個人間のあつれきから殺害に至る殺人である。物質的な利益や性行為を動機とはしておらず、グループで犯行が行われることもない。
殺害に至るまでの一連の行動の根底に、性的要素(性行為)が関わっている殺人である。実際の行為は、(殺害の前後を問わず)性器の挿入を伴う実質的なレイプから、被害者の体内に異物を挿入するといった象徴的な性的暴行まで多岐にわたる。
その信奉者(単独あるいは複数)が行った行為であれば、結果的に死亡者が出ても仕方ないというイデオロギーを共有する二人以上の人間に関係した殺人。
2.1.2.1.3 犯行現場に残される犯人の行動の特徴
犯行現場には、犯人の行動を特徴的に示すものが三つある。
- 犯行の手口(MO)
- 個性化(署名)
- 偽装
2.1.2.2 リヴァプール方式の犯罪者プロファイリング
2.1.2.2.1 犯行テーマ分析
2.1.2.1.2 リンク分析
2.1.2.3 その他の犯罪者プロファイリング
2.1.2.3.1 連続殺人の分類
日本での連続殺人には、大きく分けて3つのパターンがある。
- ストレンジャー連続殺人
- 経済的な目的による連続殺人
- 連続乳児・虐待殺人
FBIは連続殺人犯を秩序型と無秩序型に分類したが、連続殺人犯の検挙を目標とした枠組みであり、その動機や行動の理解のために使用するには向いていない。そこで、アメリカの犯罪心理学者ロナルド・ホームズは、ストレンジャー型の連続殺人犯をおもに動機に基づいて分類する枠組みを提唱した。
- 幻覚型連続殺人
- 使命型連続殺人
- 快楽型連続殺人
- 空想の段階
- 空想から現実への過渡期
- 暴力の実行の段階
- 最初の殺人
- 現実との直面
- フィードバックフィルター
女性による連続殺人は男性の連続殺人と異なる動機で行われることが多い。
- 黒い未亡人型連続殺人
- 古典的黒い未亡人
- 保険金殺人型黒い未亡人
- ネット利用型黒い未亡人
- 死の天使型連続殺人
- 医師の従属的な地位にあり、自身の能力が正当に評価されていないという不満を持っているため、わざと患者の状態を悪化させ焦っている医師を横目に適切な処置を行うという、自己顕示欲。
- 自ら意思決定して治療していくわけにはいかないため、自身の存在価値に対して疑問を感じている。自らが患者の生死をある程度コントロールできることを実感して、存在価値を確認する。
- 患者に対して嫌がらせをし、その患者の苦しむ姿や心配する家族の姿を見て、ストレスや不満を発散する。
2.1.2.3.2 大量殺人の分類
日本で発生した大量殺人は3つのタイプに分類できる。
- 無差別殺傷型
- 凶悪犯罪・強盗殺人型
- 一家心中型
2.1.2.3.3 テロリズムの分類
日本で発生する可能性のあるテロは、思想で分類すると、5パターンある。
- 左翼による政治テロリズム
- 右翼による政治テロリズム
- 原理主義者による宗教テロリズム
- 新興宗教テロリズム
- 単一論点型テロリズム
テロリストを個人の特性で分類すると、7パターンある。
- 使命型
- ローンウルフ型
- 妄想型
- 職業型・兵士型
- 追従型
- パワー型
- 自爆テロリスト